第22話 【side萌々子】ホラーとお兄様

 ホラー映画は嫌い。


 なのに。小さい頃からお兄様はホラー映画ばかり見ていた。萌々子はお兄様思いなので付き合ってあげた。


 ホラーを見る時、お兄様は怖がりな私をいつも優しく包んでくれた。

 お兄様は映画の間中ずっと「ももこ、こわくない? だいじょうぶ?」と言いながら萌々子の手をずっと握りしめてくれた。

 怖い映画は嫌いだったけど、お兄様の手は好きだった。だから私はお兄様が怖い映画を見たがると嬉しかった。だって、私の手を握ってくれるから。


 だから、今日。お兄様が「ホラー映画見よう」って言ってきたのは懐かしかった。

 お兄様が選んだのは「THAT アレが見えたら終わり」。オープニングだけで失神しそうなくらい怖い映画だった。ピエロが水上を猛ダッシュするシーンなんて、思わず叫びそうになった。


 だから、つい、お兄様にしがみついてしまった。幼い頃ですら滅多にしたことなかったのに。お兄様嫌がるかな、と思った家おれど、お兄様は受けとめてくれた。お兄様の身体は昔より大きくて、固くて、しがみつくだけで安心できた。


* * *


 昔から、怖いことがあったら私はお兄様にしがみついていた。


 中学2年生のとき、私は講堂で上級生に絡まれた。


「ちょ、マジでけー。ヤバくね?」

「だからヤバいって言ったろ?」

「すげー柔らかそー。餅みてー。マジ、もみてー」

「俺も触っていい?」

「もちろん。つか、お前羽交い締めにしろよ。で、俺、もみまくる」

「ちょ、俺は?」

「俺のあとな」

「でもさ、先生に見つかったらヤバくね?」

「俺が隠すから大丈夫。まだ先生来てねーし。乳首とかつまもうぜ。ぎゅーってやったら、乳とか出るかもしれんぞ!」

「マジかよ!? それ、動画撮ろうぜ!」


 上級生が近づいてくる。

 怖かった。すごく怖かった。

 助けて。叫びたかったけど、声が出ない。


「おいおい、怯えてるじゃん」

「これから気持ちいいことしてあげるのによー」


 上級生の手が伸びる。

 もうだめ。触られてしまう。


「何やってんだ」


 お兄様だった。


「は? なんだお前?」

「誰でもいいだろ。何やってんだって聞いているんだ」

「見てわからんか? こいつのおっぱい、モミモミするんだけど?」

「あと搾ってみるぜ? 乳が出るとこ動画に撮るんだぜ?」


 下品な声で上級生が笑う。


「……動画を撮る?」

「おう。これからマシュマロちゃんのおっぱい動画撮るんだ」

「……ふざけんなよ」


 お兄様が一歩、前に出て、スマホを持った上級生のの手を掴んだ。


「お? なに? やんの?」


 お兄様どうするつもり? まさか、喧嘩?

 その時だった。いきなりお兄様が叫んだ。


「青木先生ーっ! 青木先生ーっ! こいつら、スマホ使用しています!」


 いつの間にいたのだろう。お兄様に呼ばれ、生徒指導部長の青木先生が駆け寄ってきた。


「なんだと!? 校内ではスマホ使用禁止だぞ! 没収だ!」

「……え?」


 あっけない幕切れだった。上級生はどこかに連れて行かれ、その場には私とお兄様だけが残った。


「怖かっただろ、萌々子。今日一緒に帰ろな」

「はい!」


 優しいお兄様。大好き。


* * *


(懐かしいな)


 ホラー映画の音声を聞きながら、私はぎゅーってお兄様を抱きしめた。

 ちら。お兄様を見た。あんまり怖がってないようだ。

 さすが、お兄様だな。安心して身体を預けよう。

 やっぱり、お兄様はお兄様だ。


 でも。


 ずっとお兄様じゃ嫌だ。ずっと妹じゃいやだ。

 

 ぎゅ。こっそり胸を押しつけてみる。

 私だって女子高生だ。男子高校生が胸を押しつけられたらどうなるか、知ってる。

 ドキドキしながらお兄様の反応を見る。


 うん。無反応。


 そっか。


 がんばろ。

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