第21話 アレが見えたら終わり
「ごめん、トイレに行く」
すくっと立ち上がる俺。これ以上はいけない。色々とアレだ。尿意があったわけではない。とりあえず萌々子から逃げるためにトイレへ。
「ふう」
なんなんだよ、萌々子。
萌々子基準のチェック?
それってなんの基準かわかってる? 触ってダメなとこ探しなんだよね。てことは、ダメなとこもとりあえず触ってみるんだろ?
アウトじゃんよ。
「お兄様、はやくして。基準チェックの続きしたい」
トイレの外か、萌々子が俺に呼びかける。
ふうむ。どうしたらいい、俺。このままチェックを受けるべきなのか?
否。
それはいけない。結局触りっこなんだからな。
幼馴染みとはいえ、萌々子は女子。俺の理性は万里の長城のごとく完璧な防御を誇る。が、万里の長城とて完璧ではなかったわけで、俺の理性の壁も崩壊する可能性が全くのゼロというわけではないのだから。
萌々子のことは好きだ。そして大事だ。今の関係性を壊したくはない。幼い頃に許されていたこちょこちょ虫はお互いが高校生となった今は封印されてしかるべきである。そのための基準チェックなどやるべきではない。
あらゆる危険は回避せねばならないのだ。
「萌々子、映画見ないか?」
トイレから出るなり萌々子に俺は言った。
「映画?」
「そうだ。今、俺は猛烈に映画を見たい」
「萌々子チェックは?」
「もう十分だ」
「まだ足りないんだけどな」
「足りてるんだ」
「もー、わがままなんだから。いいですよ、お兄様。映画で。何を見るのですか?」
しまった。それは考えてなかった。
何がいいだろうな。
「ネ、ネトフリにいいのがあってだな」
誤魔化しつつ、とりあえずテレビのリモコンでNetflixを立ち上げる。
俺は考える。本当はそんなに映画を見たくはない。萌々子チェックとやらを排除したいだけだ。そして可能であればソファの隣から萌々子を排除、身体的接触を断ち心の平安を取り戻したいだけだ。
映画を見ようとソファに座っただけで、萌々子は肩を俺の二の腕に密着させてきた。
「今日の気分はホラーだな」
萌々子はホラーが嫌いだ。そのうち自室に逃げ出し、ベッドに潜ってしまうだろう。少なくとも小学校3年まではそうだった。なんて完璧なチョイスだろう。
「萌々子、ホラー大丈夫か?」
「うん」
「ホラーは大丈夫……っと」
ちょっと前に話題になった「THAT アレが見えたら終わり」をチョイスした。
スティーブン・キングに憧れる新人監督が原作・脚本。キング作「IT」のパクリと酷評されたが、恐怖演出だけは最高だったとのことで一部で人気の映画である。
最近ネトフリに入ったので見ようと思っていたのだ。キャッチフレーズは「全米が唖然! 全米が震えた最恐ホラー」だ。これは怖いに違いない。全米を2回繰り返すあたり、コピーライターの文才を疑うが。
おどろおどろしいオープニング。災害級豪雨のなか、ピエロが濁流を泳ぐ。意味なんてない。もう、それだけで泣きそうなくらい怖い。
「少し苦手かな、ホラー」
ぼそ。萌々子が呟いた。
ああ知ってるよ。
「そうだっけ?」
「そうなの」
「そっか。苦手だったら無理するなよ。俺ひとりで見るから」
「お兄様と一緒なら大丈夫です。」
もぞもぞっと萌々子が座り直した。心なしか肩に力が入っている。
うん、やはりホラーで正解だ。萌々子、かなり身構えている。
「大丈夫ですわ、お兄様」
ということで、視聴継続。俺は音量ボタンを押して音をでかくする。そうした方が怖いからね。
とはいえ。わりと怖いな、この映画。トラウマチックな演出ありすぎた。
「きゃーっ!」
萌々子、悲鳴。
「怖いわ!」
萌々子がしがみつく。
「きゃー、きゃーっ!」
俺の胸に顔を埋めぐいぐい顔を押し込んでくる。
「きゃーっ! ピエロが! ピエロが、猛スピードで水上を走ってくるぅ! お、お兄様! ニンジャピエロって、なに!?」
ちょっとだけ画面を見た萌々子が悲鳴を上げた。
「し、しらん」
マジ恐怖。めっちゃ怖い。
怖いとか怖くないとか、そういうレベル超えてた。ニンジャピエロ、普通なら笑うとこだろ。なんでこんなに怖いんだ?
「も、萌々子……部屋に行っていいぞ……」
「嫌です……部屋にニンジャピエロがいたら……萌々子死んじゃう」
「そうか……なら……一緒に……見よう」
「うん」
怖かった。俺も怖かった。一人で見る勇気無かった。
「怖いよ、お兄様」
萌々子が抱きつく。俺も両手で萌々子を受けとめる。萌々子の胸がかなり大胆に俺に接触しているようだが、よこしまな気持ちになることを許さないレベルで怖い。
結局、映画が終わるまで俺は萌々子を抱きしめたままだった。
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