第18話 萌々子はエプロン姿で
ブレザー姿の萌々子。
いつの間にか帰ってきてた。
「おかえり」
「ただいま、お兄様。ご飯の準備ですか?」
「ああ」
萌々子がシステムキッチンのワークトップをじーっと見つめる。
「……見たところ、ツナ缶とマヨネーズと卵しかありません」
「スパゲティも使う予定だけどね」
「スパゲティ?」
「そう。オレ流男子高校生のパスタってやつを作るんだ」
「なんです、それ?」
「俺の開発したメニュー。わりと美味いぞ」
俺は萌々子に先ほどのレシピを披露した。
「……」
沈黙。
「どうした?」
「ありえません。そんなレシピ、ありえません」
沈黙からの全否定、きた。
「お兄様の辞書には緑黄色野菜という言葉はないのですか?」
「ん? どうだろう? 電子辞書はまだ鞄の中……」
「ごまかさないで。萌々子は野菜はどこ? って聞いています」
「ないけど。美味しくないじゃん。野菜」
「朝食は我慢したわ」
おもむろに萌々子がしゃべり出した。
「萌々子は嬉しかった。今日、初めてお兄様が朝食を作ってくれて。感謝もしました。だから何も言いませんでしたの」
萌々子と同居して約10日。萌々子の引っ越しが完全に終わるまで、食事は外食やコンビニ、Uberが多かった。朝食は基本萌々子が作っていた。
萌々子ばかり食事を作らせては悪いと思い、今日の朝食は俺が用意したのだ。
「でも、指摘すべきでした。お兄様の朝食、ありえません」
「えっと……どこが?」
「全部ですわ」
即答。再び全否定。
「マーガリンを塗って砂糖をまぶしたトーストに、レンジでチンした粗挽きウインナ。野菜なし。とても不健康です」
「どこが?」
「脂肪と炭水化物しかありません。タンパク質もあるにはありますが、加工肉は塩分や脂肪分が多く不健康です。太っちゃう」
「俺は気にしないぜ、太っても」
「萌々子が太るの。お兄様は萌々子がおデブになっていいんですか?」
「俺は構わないけどな。萌々子がどんな姿になっても、萌々子は萌々子だし」
「……んぐう!」
「どうした萌々子。変な声だして」
「な、なんでもありません」
軽く顔を扇ぐ萌々子。
「も、萌々子はおデブなお兄様は嫌! 成人病まっしぐらですのよ? ……それはともかく、朝食といい夕食といい、お兄様のメニューには野菜がありません。それが大問題よ。ベジ不足だわ」
「ベジ不足?」
「ビタミン、ミネラルが足りません。太るとか太らないとか以前に不健康です」
「サプリじゃ駄目?」
「駄目」
「じゃあ、ケチャップ使うよ。スパゲティ、イタリアンにする。ケチャップってトマトだろ? トマトは確か緑黄色野菜……」
「論外です。ケチャップが野菜の代わりになるわけないでしょ?」
はあ。と萌々子がため息。そして険しい目つきで俺見つめ、こういった。
「もしかしてお兄様、一年間こんな食事でした?」
「だいたいそうかな。あ、でもなるべく野菜は食べてたぞ。おやつはポテトチップスにしてたし。あれ、ジャガイモだろ? 野菜だよな?」
「ポテトチップスが野菜?」
「違う?」
萌々子の肩がぷるぷる震えだした。
「わかりました。お兄様に食事はまかせられない。それが今日の萌々子の学びです」
萌々子がブレザーを脱いだ。押さえつけられていた胸部が解放された。白いブラウスにかすかにキャミソールのラインが透けている。
「おい、萌々子、ここで着替えるのはよしてくれないか?」
「エプロンつけるだけです。何を考えているんですか?」
「べ、別に」
とか言ってる間に萌々子はエプロン姿になっていた。長い黒髪はゴム紐で束ねてある。
「お兄様はテーブルで待っててください」
キッチンの流しで手を洗いながら萌々子が言った。
「何か手伝わなくていいかな?」
「大丈夫です」
萌々子が手を突き出し俺を制した。
「さてっと。何作ろっかな」
萌々子が冷蔵庫の中を物色しはじめた。出てくる素材を見ると洋食のようだ。
「たしか調味料は此の前揃えたはず……」
手際よく必要なものをそろえていく。そして材料をフライパンへ。ジュワーと美味しそうな音。火加減調節しつつも、さらに別メニューの調理。
そんな萌々子をテーブルから見ていると、俺はだんだん懐かしい気分になってきた。小学生の頃、何度も萌々子の家で料理に付き合わされた。覚えたばかりのレシピの実験台にされていたからな。
そんな萌々子の得意料理はハンバーグだった。ぺたぺたミンチをこね、フライパンでじゅー。そんな光景を思い出した。
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