第17話 萌々子はまだ学校

 ラブコメをやることになったことにぐったりしつつ、俺は帰宅した。


「ただいまー」


 返事はない。萌々子はまだ学校だ。運動部の部活動紹介は長いからな。規定時間を守る部活なんてひとつもない。タイムキーパーを務める生徒会執行部の叫びがむなしく響く中、部員勧誘の使命に燃える若人が激しくバトルを繰り広げる。


 会場を出てからも気が抜けない。外ではプラカードとチラシを持ったかわいい系マネージャー(あるいはチンピラ系上級生)が待ち構えているからだ。新入生をキャッチ、なんとかして部室に連れて行こうとあの手この手で勧誘する。必然的に帰宅時間は遅くなる。それが部活動紹介だ。


 そんなわけで萌々子はまだ帰宅していないのだ。


「片付いたな」


 誰もいない廊下に向かって呟く。

 つい先日までは廊下には物があふれていた。だが今はゴミ一つ落ちていない。先月までの惨状が嘘のようだ。


 3月末。引っ越してきた萌々子が言った。


「あの……もしかして空き巣が入ったのですか?」


 家に入るなり萌々子が言った。萌々子には男子の一人暮らしがわからぬ。男子高校生のひとり暮らしが、どれほど居住空間を荒廃させるかを。


 だから説明した。部屋が荒れているのは俺のずぼらな生活のせいであり、何者かによる犯罪行為に由来するものではないことを。


 それからが大変だった。


「やはりお兄様は男の子ですね。これじゃゴミ屋敷です。空き巣が泣いて帰るレベルだと思います」

「そうかな?」

「ええ。でも安心してください。できた妹の萌々子なのです。片付けますね」


 その日は暖かだったせいだろう、萌々子はミニスカートだった。トップスはニットシャツで、胸元が緩かった。そんなコーデでしゃがんだり這いつくばったり、その他いろいろ、わりと体勢に無理があるポーズでお片づけ。必然的に見えてはいけないものがチラチラ見えた。


 最初はそんなに気にならなかった。幼い頃なんて一緒に風呂に入っていたわけだし。

 だが、さすがに高校生。出るとこが出つつある。一度胸の谷間がくっきり見えた。想像以上に……その……大きくて……いや、大きいのは知ってた。中学時代それでからかわれていたんだし。でも、小学生の頃風呂で見た萌々子の胸とはあまりにも違っていて。


「萌々子」

「何ですか?」

「えーと……着替えたらどうだ?」

「どうしてですか?」

「見えるぞ?」


 ちょうどその時、萌々子はミニスカのお尻を突き出し、四つん這いになって床掃除していた。膝の裏から太ももの裏。無駄な脂肪のない引き締まった脚だ。それでいて内側の肉は白く柔らかい。ぴたっと臀部に張り付いたスカートだけでなく下着の一部がもう見えていた。


「何が?」

「パンツ。見てはないぞ。見えたんだ」

「それがどうかしましたか?」

「どうかするだろ」

「萌々子はどうもしないです。お兄様だったら見られても平気ですから」

「俺は平気じゃないんだ」

「なんで?」

「なんでって……」


 ふふ、と萌々子が笑った。


「萌々子がそんな無防備だと心配だろ!」

「なるほど。いかにもお兄様っぽい心配ですね。でも大丈夫。萌々子が無防備なの、お家の中だけですから」


 ……とまあ、こんな感じで俺と萌々子は丸3日かけて掃除&模様替えした。その結果、男子高校生の一人暮らしによって荒廃した一軒家はまるで新婚さんの新居のようにコジャレた感じになったのだ。


 玄関で靴を脱ぎ、これまたすっかり綺麗になった自室へ行き、部屋着に着替えた。


 萌々子と生活する前までは脱いだ制服は椅子の背もたれに掛けるだけだったが、萌々子に「クローゼットとハンガーは飾りですか?」と睨まれて以来、ちゃんとハンガーに掛けてクローゼットに収納している。


 さてと。回想はここまでだ。


 夕食の準備をしよう。


 萌々子と2人暮らしをするにあたり、俺たちはいくつかルールを作った。そのひとつが「早く帰ってきた方が食事を用意する」。


 こう見えても1年間自炊してきた俺。早い、安い、なんとか食える、の三拍子そろった料理を作るのが得意だ。


 冷蔵庫を開け、材料を物色する。萌々子が来てから得体の知れない野菜や調味料、その他食料素材が増えたが、俺には関係ない。


「パスタにするか」


【オレ流 男子高校生のパスタ】

・スパゲティ150グラム

・ツナ缶(オイル)

・卵2個

・マヨネーズ


 まずスパゲティをゆでる。その間に半熟目玉焼きを作る。

 スパゲティがゆであがったら、塩、こしょう、ツナ缶、マヨネーズをぶっかけ、炒める。

 半熟卵をのせて適当に潰して混ぜる。


 できあがり


「タンパク質豊富だし完璧じゃね?」

「何が完璧なんですか?」


 気がつくと萌々子が立っていた。

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