第16話 やるしかない

 部長は話を続ける。


「私が調べたところによるとあのアニメ、高校生の間ではそれほど流行していなかったのだな。あれは小学生と親世代に人気だったんだ。ターゲット戦略の過ちというわけさ」


 勝ち誇ったかのように語るアリス部長。


「私は考えたのさ。新入生とは何か。そしてわかった」

「何がわかったんですか?」

「知りたいかな、近藤さん?」

「ええ」

「ならば教えよう。なんと、新入生はつい先月まで中学生だったのだよ。つまりだね、半分中学生、半分高校生なのだ!」


 それ、当たり前です。


「私は考えた。ナウな中学生に受けているものは何か。かつて中学生であった遠藤君、ナウな中学生にバカウケするものって何か、知ってるかい、遠藤君」

「いえ」と俺。

「覚えておくといい。ラブコメだよ、ラブコメ」

「ラブ・アンド・コメディのことですか?」と近藤さん。

「そう。ラブ・アンド・コメディ。図書委員長に聞いた。彼の妹は中学生だからね、間違いない。その答えがラブコメだった」


 不穏な空気が漂ってきた。背筋がぞわぞわする。おそらく、これからよくないことが起こる。まかせろ、俺は空気が読めるんだ。


「ということで、今年の部活動紹介は遠近コンビにラブコメを演じてもらう」


 な。当たっただろ。


「えー! 無理です!」


 近藤さんが大声で主張した。


「初舞台がラブコメって……無茶です! ラブ・アンド・コメディ。ラブはともかく、コメディって人を笑わせるってことですよね? お笑い芸人でも笑いを取れるまで時間がかかると言いますよ? 私なんかが笑いを取るの、無理です」


 そうだそうだ、と言いたいところだが……なんか抗議のピントがずれているような気がする。


「だいたい部活動紹介は明日でしょ、部長? 今から台詞覚えるなんて……無理です。だよね? マメくん?」


 うんうん、と俺は力強く頷いた。


「俺もそう思います。アリス部長と俺たちは違うんです。俺と近藤さん、裏方なんですから」

「はっはっは。そんなことは百も承知の上だよ。大丈夫、台本見ながらやっていい」


 台本見ながらやる?


「そんな素人くさい舞台で大丈夫なんですか?」

「そうですよ部長。新入生、演劇部に幻滅して来なくなっちゃいます。それにいくら台本見ながらでも私とマメくんじゃ無理です。だって、本当に演技は素人なんだもの。ね、マメくん!」


 泣きそうな声で近藤さんが訴えた。


「安心しろ。それこそ狙いだ」

「どういうことです?」


 俺は聞く。


「君らのような演技の素人が恥じらいながら演技することで素人ウェルカムっぽさを演出するんだ。安心しろ。演技の素人でいい。むしろ、素人でいてくれ」

「そんな無茶ぶり、困ります!」


 俺は抗議した。真冬の早朝に散歩する子犬のごとく近藤さんが震えているのだ。近藤さんの雨にも抵抗せねば。


「異論は許さない。これは部長決定だ」


 はい、玉砕。

 分かってた。この一年の付き合いでアリス部長に逆らっても無意味と分かっていた。でも、抗議するしかなかったのだ。


 ちら。近藤さんを見る。「どうしよう……」と震えながら呟いていた。その声はアリス部長には届かなかったらしく、アリス部長は満面の笑顔でスクールバッグからホチキスどめの台本を出して俺と近藤さんに手渡した。


「これが台本だ。話題のラブコメから大衆受けする要素を抽出、10分間の部活動勧誘ストーリーに凝縮した。濃ゆいぞ!」


 ふんす、と鼻息荒くアリス部長が説明する。


「勧誘上手の近藤さん……?」


 近藤さんがタイトルを読み上げた。


「どこかで聞いたようなタイトルですけど……」

「大丈夫、問題ない。ドSでいじりキャラの近藤さんが同級生の遠藤君を過激にからかっていじって罵倒して部活に誘うという内容だ。私の知る限りラノベにも漫画にも類似作品はない」


 いや、あるのでは。


 アリス部長が近藤さんを指さした。


「近藤さんは遠藤君の血の繋がっていない妹という設定だ。ちょっとえっちなイラストを書くイラストレーターでもある」

「私がマメくんの妹……? 確かに、マメくんよりは誕生日遅いですけど……困ったなあ……えっちなイラストレーターなんて、演技できるかなあ……」


 近藤さんの困りポイント、そこなの?


「次に遠藤君の設定だが、妹さえいればそれでいいという妹オタクだ」

「ねえマメくん、妹オタクって何?」


 近藤さんが聞いてきた。俺がより先にアリス部長が「妹が大好きってことさ」と答えた。


「ということは……マメくんが私のことを好きってこと?」

「そうだ。そういう設定だ」

「その設定、ちょっと恥ずかしいです……どうしよう」


 近藤さんの頬がうっすら朱に染まった。ちらちら俺を見ては「はあぁ」「ううん」とため息交じりの声を出す。


「心配しなくていいぞ。その設定は裏設定だ。台詞に反映してはいない」

「ほ、ほんとですか? だったら、なんとか……」


 なんとかなるんだ、近藤さん。


「がんばろ、マメくん!」


 近藤さんがこっちをむいてガッツポーズで俺に言った。


「あ、ああ……」


 近藤さんが乗り気ならば俺は乗るしかない。


 とにもかくにも、俺と近藤さんは舞台に立つことになった。明日の部活動紹介で。

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