第10話 テニスコートの誓い

「植木か。それやめろって前、言ったよな?」


 無遠慮な肩パン野郎は植木大介だった。不本意ながら俺の一番の友人でもある。


 同じクラスで遠藤と植木。入学当初あいうえお順座席で前後だった俺たち。それ以上の説明はいらない的な関係だ。つまり、わりと親友。


 そんな俺の友人植木は新学期早々コロナで昨日まで出校停止になるという、非常に残念な高校2年デビューを飾った。

 よって萌々子を見るのは今日がはじめてである。


「だってよォ、肩パンチもしたくなるだろ? あんなかわいこちゃんと一緒に学校に来るとはよォ! 俺がコロナで高熱出している間に新入生にお熱とは、やるな遠藤! あ、俺、いま、うまいこといったよね? ね?」


 マジうぜーぞ、植木。


「ああ。うまいこと言った」

「だろ?」

「だが、かわいこちゃんというボキャブラリーで台無しだ。平成生まれとは思えねー」

「ふ。令和生まれに見えるってか?」

「見えねーよ」


 令和生まれだったら幼稚園児だよ。


「ふ。そんなことはどうでもいいのだよ、遠藤! 問題は……」


 植木が俺の肩に手をかる。馴れ馴れしい。


「お前が誓いを破ったってことさ」

「誓い? なんだそれ?」

「テニスコートの誓いだよォ! 忘れたのか?」


 テニスコートの誓い?


「植木、お前、もしかして歴史総合の話している?」

「歴史総合って何?」


 そこからかよ。


「世界史と日本史足して2で割らないみたいな科目あったろ、1年の時」

「ああ、なんかあった気がする。それとテニスコートの誓い、なんか関係あるの?」

「あるよ。つーか、教科書に書いてあったろ、テニスコートの誓い」

「へぇ。そーなんだ。くそ、歴史なんちゃら教科書め、パクリやがったな! ふ。まあよい。パクるがよい。俺と遠藤の友情はその程度ではへこたれない!」


 どっちかと言えばお前がパクったんだと思うよ、植木。

 歴史総合二学期期末考査に出ていたからな。テニスコートの誓い。脳の片隅に記憶されてたんだろうな。


「とおかく、あれを見よ!」


 植木が両足を肩幅に開き、まるでクラーク先生の如く右手で運動場の方角を指さした。校門前でそんなポーズするもんだから登校中の生徒の注目を集めてしまった。


「おい、やめろって。恥ずかしいじゃないか」


 そんな俺の忠告を無視して植木は語り出す。


「なあ遠藤よ。運動場の奥にテニスコートがあるだろ? 見えるか?」

「ん? ああ。見えるな」


 諦めて植木に付き合うことにする。


「放課後、女子テニス部が練習しているよのォ」

「してるな」

「超ミニスカートでさ。太ももぱっつんぱっつんで、かわいいお手々で太いラケット握りしめてさ。さらにアンダースコートとかいうパンツ見せまくりで腰振ってるだろ? たまらんだろ? 思わず熱く固くなるだろ? そして熱い思いを太ももにぶっかけたくなるだろォ?」

「なるか! この、変態!」


 朝の校門前でなんてこと大声で語ってるんだこいつ。まだ熱あるんじゃねーの?


「いかにも、俺たち男子高校生は変態だ」

「一緒にするな」


 お前だけだ、植木よ。


「話の腰を折るんじゃない、遠藤。そんな萌え萌え女子テニス部員を鑑賞しつつ、俺と遠藤、彼女作るときは一緒に作ろうって、誓ったじゃないか! テニスコートにかけて誓ったじゃないか!」

「は? そんな誓い、立ててないぞ?」

「誓ったんだよ、俺的には! 俺の脳内では! 俺とお前、童貞捨てるときは一緒に捨てようって、ぷるんぷるんの太ももにかけて誓ったんだよォ!」

「だからお前の脳内だけなんだろ? つーことは俺はそんな誓いしてねえってことじゃんか! ていうか、太ももにかけて誓うなよ! それじゃテニスコートの誓いじゃなくて太ももの誓いだろーが!」

「太ももにかける……いいな、太もも。そうか、遠藤もかけちゃうのか。うふ。ぐふ、ぐふふ。うへへ」


 俺、なんでこいつと友達なんだろ。


「とにかく、彼女作るときは一緒に作るって、そう決めていたんだよ、俺は。なのに……俺がコロナで高熱出してる間、お前は彼女にお熱ときたもんだ! あ、これ、さっきもいったよね?」

「だから彼女じゃないって」

「じゃあなんなんだよ」

「あれは……」


 幼馴染みと言いかけてやめる。植木のことだ。幼馴染みってワードだけで妄想全開するに違いない。面倒くさい。


「し、知り合いだ」

「知り合い?」

「そう。知り合い。知人。元隣人」

「ほう、元隣人」

「小さい頃同じ社宅に住んでたんだ。隣の部屋でね。家族ぐるみの付き合いなんだよ」

「ん? お前んち、一戸建てじゃね?」

「ああ。中学上がるタイミングで引っ越した」

「ふーん」


 怪訝な目……というよりも「どんより」した目で植木が俺を見る。


「知り合い……同じ社宅……隣……幼い男女……キャッキャでウフフ……そうか……ふふ……なーるへそ……」


 不気味な笑み。ふと、植木の動きが止まる。すーっと大きく深呼吸。そして空に向かって彼は叫んだ。


「それを世界は幼馴染みと言うんだぜ?」

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