第9話 萌々子は誤解を恐れない

 学校最寄り駅に到着した。扉が開く。


「そろそろ離れようか」


 横にいる萌々子に言った。まだ俺の腕にしがみついている。


「ん」


 コクリとうなずき、萌々子が離れた。同時に俺の手を握った。


「これでいい?」

「手を繋ぐのも無しだ」


 ちょいちょい。俺を指先でつつく。


「なんだよ?」

「あっち」


 萌々子が指差した先に仲良く手を繋ぐカップルがいた。「萌々子もあれがいい」と萌々子。


「付き合ってるんだろ、あの二人」

「兄妹かもしれません」

「違うな。あの二人、去年からああだった」


 名前も知らない二人だが、去年の秋ぐらいからよく見るカップルだ。きっと文化祭マジックで出来たカップルだろう。


「この前見たアニメでは義兄と義妹がカジュアルに手を繋いでました」

「俺たちはアニメじゃない」


 改札で定期を通すのに乗じ萌々子の手を離した。


「むー……」


 じとっとした目で俺を睨む萌々子。


「さ、行くぞ」


 駅から学校までは徒歩10分程度。同じ電車から降りてきた生徒の波の一部になって、俺と萌々子並んで歩く。もちろん手はつないでない。萌々子は不満げにおれを見上げてるが、俺は無視、スタスタ歩いた。


「わかりました。萌々子はできた妹なのです。だから、シャイなお兄様にあわせてお手々は繋ぎません。学校で萌々子のお手々恋しくなっても、握らせてあげませんからね」

「そのことだけどさ」


 校門まであと少しというところで俺は言った。


「萌々子ってさ、学校でも俺のことお兄様って呼ぶよね」

「はい」

「誤解されるぞ」


 萌々子の足が止まる。


「えっと……どういうことですか?」

「だから、誤解。俺と萌々子が兄妹という誤解を招くって言ってるんだ」

「誤解じゃないです」


 キリッとした表情で俺を見る萌々子。


「だって、お兄様は萌々子のお兄様ですもの」

「確かに兄妹のようにして育ったけどさ。本当は違うじゃん」

「……うー」

「だろ? 名字だって違うし。兄妹だったらびっくりだよ。なのにお前が俺をお兄様なんて呼んだら、みんな勘違いするって」

「萌々子は気にしませんよ?」


 いや、気にしろよ。


「俺は気にするんだ。だからお兄様って呼ぶのやめて欲しい」


 萌々子が立ち止まる。


「わかりました。お兄様がそういうのなら」

「わかってくれたか!」


 珍しく聞き分けの良い萌々子に俺は思わず笑顔になった。萌々子、成長したな。さすが高校生だ。


「わかりました遠藤君。これからは遠藤君って呼びます。いいですよね、遠藤君?」


 ぞわ。背中がむずっとした。


「ちょっとまて、なんか……なんか、こそばゆい」

「ふうむ。でしたら……一郎君?」


 ぞわわわわ。背筋が凍った。


「駄目だ、余計にこそばゆい」

「でしたら……いちろー? いちろーって呼んだらいい? ねぇ、いちろー?」

「はうっ!」


 クリティカルヒット。駄目だ。これは駄目だ。下の名前呼び捨てとか、それ、もう、恋人じゃん。


「どうしたの、いちろー? 顔色が悪いです」

「……お兄様」

「え?」

「だから、お兄様だ。お兄様でいい」


 わかった。わかったよ。俺は萌々子の兄。お兄ちゃん。だからお兄様でいい。たのむから、いちろーとかやめてくれ!


「わかりました。仕方ないですね、お兄様がそういうなら。萌々子、本当は妹じゃないけど、お兄様のこと、お兄様って呼んであげます」

「……ありがとう」

「どういたしまして」


 なんで俺が礼を言っているんだ。


「あ、お友達がいます。萌々子、お友達と一緒に教室に行きます。じゃ、しばらくお別れです、お兄様!」


 満面の笑顔で手を振りつつ、友人のいる玄関口に向かって去って行った。


「ふう……」


 疲れた。朝から疲れた。満員電車で立ちっぱなしだったの以上に萌々子との対話で疲れた。

 これから6時間も授業かよ。耐えられねーな。


「す……はぁ……」


 もう一度、深いため息で体中に酸素を送り込む。なんとか今日一日乗り切らないとな。今日は部活もあるんだ。


「おし!」


 気合いを入れる。


「へあっ!」

「痛!」


 かけ声とともに、背後から肩パンチ。


「いってーな!」


 振り返る。男がいた。チャラい感じで髪型を決め、おっさん臭いオーデコロンの香りをふりまきつつ、今時そんな着崩しはしないよなって感じで制服を着用した全然イケメンでない男がいた。


「朝からお熱いことだな、遠藤よ!」

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