第5話 幼馴染み
始業式の日、月曜日。
俺と萌々子は一緒に登校した。学校までの道順を教えるためだ。
「ふうむ。意外に遠いのですね」
「電車に乗る必要があるからな。JRじゃないぞ。私鉄だぞ。駅名同じで隣接しているからな。間違えるな」
「……間違えそうです」
とのことだったので、次の日も萌々子は俺と一緒に登校した。
「萌々子、学校までの道順とか電車とか覚えられなさそう」
「道順、そんなに難しいか? 駅を降りてからは簡単だろ?」
「電車が難しいです。各駅停車は時間がかかる。準急が一番良いけど混雑する。特急は通過しちゃう。通勤特急は途中で普通か準急に乗り換えたら大丈夫だけど、すごく混んでる……萌々子、混乱しちゃう」
はあ。
「だから、普通でいいんだって。寝坊して遅れそうになったら準急に乗るんだ」
「すみません、お兄様。萌々子、記憶力悪くて」
ぽかぽか。萌々子が冗談めかして自分の頭を叩いた。
確かに萌々子は記憶力が悪い。昔から物忘れが多いんだ。だから俺は納得した。そして「困ったな」とかいいつつも一緒に登校した。
そして今日。学校始まって三日目すなわち水曜日。
「お兄様、学校行きましょ。萌々子、どの電車に乗ったら良いかわかんない」
三度、萌々子は俺と同伴登校を求めてきた。そこで俺は気がついた。昨日と一昨日、萌々子って一人で帰ってきたよね? 学校までの道順とか電車とか覚えてるんじゃね?
なので玄関を出る前に萌々子に聞いた。
「なあ萌々子。お前、本当に覚えてないのか?」
「はい」
「じゃあ、どうやって月曜と火曜日、家に帰ってきたんだ?」
「うーん……なんとなく?」
「なんとなく、なわけないだろ。萌々子、電車の乗り方も道順も覚えているだろ?」
「むー……バレちゃいました」
「どうして覚えてないなんて言ったんだ?」
「だって一緒に登校したかったんですもの」
「なんでだよ」
「妹だもん、萌々子」
はあ。また「妹だもん」か。確かに俺は萌々子を妹のように想ってはいるが……仮に本当の兄妹だったとして、高1と高2の兄妹が仲良く登校するわけない。「は? アニキと一緒に登校? 意味わからんし。うざ」と妹に一蹴されて終わりのはずだ。
普通、同伴高校というのは恋人同士がやるものである。俺と萌々子はそうじゃない。
確かに、幼い頃に親同士が婚約に合意した事実は重い。だが法的拘束力はない。
「それは違うぞ一郎」
お、親父!? どこだ!? 中国にいるんじゃ?
「お前の脳内にいるんだ」
……脳内親父か。なんだ、何の用だ?
「思い出せ。お前と萌々子ちゃんが二人っきりの生活を始めるに当たり、私が言ったことを」
何言ったっけ、親父?
「もう忘れたのか。もし、萌々子ちゃんに手を出したら、お前の気持ちとは関係なく結婚だからな、と言っただろ? つまり、おっぱい揉んだりお尻触ったり、あるいはキスしたりはたまたエッチしちゃったりしたら、即結婚だって言ったんだ」
思い出した。確かにそう言ってたな、親父。でも、それっておかしくない? 俺の人権、ないことない?
「大丈夫だ。幼い頃の婚約とセットだから法的根拠があると弁護士の先生が言ってた」
その弁護士、怪しいだろ!
「ナニしたにもかかわらず結婚しないなら、巨額の慰謝料を払うことになるぞ」
えっと……まだ何もしていないけど。
「ナニしてからでは遅いんだ、一郎。ということで、俺は中国へ帰る。アディオス、アミーゴ」
なんでスペイン語なんだ。
「どうしました、お兄様? ぼーっとして」
気がつくと、不思議そうに萌々子が俺を見つめていた。
「いや、なんでもない。ちょっと親父のことを思い出していた」
「ふーん」
時間にして1秒程度だったらしい。だが、その1秒に満たない脳内親父との会話で俺は思い出した。
そうだ。萌々子との婚約は条件付で強力な拘束力があるのだ、俺と萌々子の両家にとって。
つまり、萌々子に手を出せば——既成事実なことをしちゃうと結婚するしかない。それを拒否すれば巨額の慰謝料を支払うことになる。
待ってくれ。俺、まだ彼女いない。付き合ったこともない。このまま親の決めた相手と結婚なんて、夢も希望もなさ過ぎだろ?
萌々子は可愛いし嫌いじゃない。むしろ好きだ。妹として。妹じゃないけど。だけど、それとこれとは別だろ?
となれば俺は何があっても萌々子と既成事実しては駄目だ。劣情に流されては駄目だ。俺だって男なんだ。成長著しい萌々子に妙な感情を覚えてしまったこと、ある。
自分を律しろ。無邪気に甘える萌々子に流されてはいけない。だいたい萌々子は俺との婚約の事実は知らない。幼い頃の感覚のまま、甘えてる。この前なんか、一緒に風呂に入ろうとしてきたくらいだ。
萌々子は身体の成長に心の成長が追いついていない。困ったものだ。
よし。わかった。とにかく、既成事実は駄目だ。
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