第2話 実妹以上、義妹未満
「ももこ、大きくなったら、いちろーのお嫁さんになるー」
「いいよ。ボク、ももこをお嫁さんにするね」
何も分かってない幼年時代。うっかり俺は、萌々子と将来を約束してしまった。
たしかママゴトの途中かなんかだった。
ママゴト。それは疑似家族。幼い子どもにとって世界の全てである両親をモデルに構築される物語空間であり劇的世界だ。当然俺は「パパ」、萌々子は「ママ」。萌々子の家庭も俺の家庭も共働きだったので「あなたーごはんできたわよー」な世界観ではなかったが。
「おや、萌々子ちゃん、一郎お兄ちゃんの奥さんなの?」
「ううん、ママだよ」
ふふ。萌々子の母親が笑う。
「しかたないよ、まだ夫婦って概念がわからないんだ。俺が家でお前のことをママって呼んでるから、萌々子はママって言ってるんだ」
「わかってるわよ、それくらい」
俺と萌々子のママゴトを見た俺と萌々子の両親。あまりに俺と萌々子がお似合いだったものだから、なんと「お互いの子どもを結婚させよう」と意気投合してしまったのだ。
で。
その場で婚約成立となった。
いや、おかしいだろ。当事者抜きで決めるなよ。日本国憲法知らないのか? 日本国憲法第24条。婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する、とあるぞ? 双方の両親が勝手に決めるとは書いてないぞ?
「相思相愛と言うんだ」
「そーしそーあい?」
「そーだよ。一郎と萌々子ちゃんは相思相愛だ。だから結婚するんだ」
「けっこん? けっこんて、なーに?」
幼い萌々子が母親に聞く。
「ママゴトよ。萌々子ちゃん、ママゴト好きでしょ?」
「うん、好き!」
「一郎くんと、ずーっとママゴトしたいよね?」
「うん、したい!」
「一郎君も、萌々子とママゴトするの、好きだよね?」
「うん、好き」
「だったら相思相愛。結婚しようね。結婚したら萌々子とずーっとママゴトできるのよ」
「ほんと!? わかった! ボク、ももことそーしそーあい! けっこんする!」
その時の両家の笑顔といったら、令和最大の笑顔だったね。忘れようがない。
つか、俺の親父に至ってはiPhoneで動画撮ってたし。で、何度も俺に見せてきたし。
「口約束といえど契約として有効なんだからな。一郎。ということで萌々子ちゃんとは婚約が成立している。まかせろ、俺は法学部を出ている。間違ったことは言ってない」
……そんなわけで、俺と萌々子は「婚約済み」なのだ。
「着替えましたよ、お兄様」
背後から萌々子の声がした。振り返ると……真新しいブレザーに着替えた萌々子がいた。
うん。JKだ。完璧にJKだ。
短めのソックスから伸びる白いふくらはぎ。これまた短めのチェックのスカートから見える太もも。透き通るような肌と制服のコントラストが美しい。
とはいえ目の前の少女は萌々子。俺にとっては妹的な存在。そりゃちょっとドキドキはするけど、それ以上の感情はない。
「早いな、着替えるの」
「お兄様が遅いんですよ。さ、早く着替えてください!」
「わかった。着替えるから、先に玄関で待ってろ」
「お兄様がちゃんと着替えるかどうか、萌々子ここで見張ってます」
は? なんだそれ。
「着替えるに決まっているだろーが。とにかく、部屋から出て行くんだ。それとも何か? 俺が着替えるところ見たいのか?」
「兄の身だしなみチェックは妹の役目ですよ? お手々で目隠ししますから、気にしないでください」
「だから妹じゃないってのに……」
「妹だもん」
部屋を出て行く気は無いようだ。
萌々子が両手で目を覆った。しかし、指の隙間からチラ見している。
ったく。そういう悪ふざけだけは得意なんだよ、萌々子。
そうなんだ。萌々子は幼い頃から何も変わってない。いつだって俺に甘えてくる。ちょっかいを出しては、かまってもらおうとする。幼い頃はそれでいいけどさ……。
仕方ない。俺は諦め、着替えることにした。
俺が服を脱ぐたびに「ひゃ」とか「うわ」とかわざとらしく小声で叫ぶ。
「見てるだろ?」
「見てないです」
見てないですじゃないだろ。見まくっているじゃないか。わざと声を出して俺の反応を待っているんだな。無視だ、無視。
そそくさと俺は着替えを済ます。
「さ、着替えたぞ。もういいぞ」
萌々子が両手を顔から離す。うっすら頬が赤い。なんだかんだ言って途中から恥ずかしくなったようだ。
「萌々子、本当に見てません」
もじもじしながら萌々子が言った。
「……途中からは」
聞かなかったことにしておこう。
「おふざけはそこまでだぞ。急ごう」
次の電車を逃しても間に合うことは間に合うが、圧倒的に人口密度が違う。
ヨーグルト、バナナ、パンで簡単に朝食を済まし、家を出た。
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