第39話 それぞれの家庭
「で、学校生活はどうですか、藤沢くん」
「どうって…それは餅月先生の方が知ってるんじゃないすか?」
翌日、放課後。
ついに俺の三者面談の日がやってきた。のだが、例に漏れず今年も両親は仕事で来られず、担任の餅月先生との二者面談となっていた。
学校生活はどうか、なんて、父親みたいな質問をしてくる餅月先生に苦笑いを零しつつ、俺は先生と談笑を続ける。
「藤沢くんは、成績も特に問題ないですし、今年は球技委員も務めてくれていますね。素晴らしいです」
先生は鼻息荒く、胸筋に力を込める。
「うん」、と頷いただけだと思うが、先生は相変わらず国語教諭に似合わずむきむきで、Tシャツがパツパツである。
ていうか、球技大会委員は餅月先生が半ば強制的に俺に決めたんだろうが。
少し恨みがましく先生を見つめるも、先生は持ち前の爽やかな笑顔で特に気にしたようすもなかった。
「志望校などは考えていますか?」
「あ、いや…」
「藤沢くんなら推薦も取れるでしょうし、早くに決めるに越したことはありません。何かあれば、先生がいつでも相談に乗りますからね」
「はぁ、どうも」
「最近は友人とも良好なようでなによりです」
「え?」
「藤沢くんがよく桜坂さんや辻堂くん、北白河さんと一緒にいるのを見ます。昨年は一人で行動することが多かったように思いますが、この点は先生もすごく嬉しく思っています」
俺は目をぱちくりさせながら餅月先生の顔を見た。
先生って、本当なんだかんだ生徒のこと見てるんだな…。
目の前で白い歯を見せてニカっと笑う筋肉先生の顔をまじまじと見て、変に感心してしまった。
そんななんとはなしの世間話をして、俺の三者面談は終わった。
「失礼します」
教室を出ると、次の面談である桜坂親子が廊下の椅子に座って待っていた。
「涼!お疲れさま!」
「おう」
そう声を掛けてきた澪の隣には、澪そっくりのご婦人がいらっしゃった。澪の母親である。
「あらあら涼くん?久しぶりねえ!」
「お久しぶりです」
「随分かっこよくなったわねえ!この前うちに遊びに来てくれたんでしょう?挨拶できなくてごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ挨拶できずにすみません。ケーキ美味しかったです」
澪の母親はにこにこと穏やかな笑みを浮かべる。
「またいつでも遊びに来て!夫も喜ぶから!」
「ありがとうございます」
澪と同じくらいパワフルで元気な母親である。まさにこの親にしてこの子あり、と言ったところだ。
「で、澪とはどうなの?順調?」
「え?」
順調?とはなんのことだ?
澪が慌てたように母親の背中を押す。
「ちょっとお母さん!先生待ってるよ!」
「あらあらそうだったわ。ごめんね、またね涼くん」
「え、あ、はい…」
母親の背中をぐいぐい押しながら教室に入って行く澪は、振り返って俺に手を合わせた。その口が「ごめんね!」と動く。
俺は首を横に振って、「問題ない」という表情を作る。
澪はにっと笑って教室に入っていった。
「ふぅ…」
一人になってようやく一息つく。
両親がいないとはいえ、担任と二人きりの二者面談というのも、少々疲れる。
さて面倒な面談も終わったし、このあとは球技大会委員か…。
今日はこのあと、球技大会委員の仕事がある。球技大会当日に使う、備品のチェックだ。
備品に不備や破損がないかの確認や、数の集計をしなくてはならない。
そんなもの最初から把握しておいてほしいものだが、仕方がない。学校とは、そういう謎に理不尽なところがあるものだ。
岬さんが先に進めてくれているはずなので、俺も急いで校庭の隅の体育倉庫に向かう。
慌てて校舎を出ようとすると、昇降口で見たことがないくらい綺麗なご婦人が辺りを見回していた。
三者面談で来た誰かの母親だろうか。
もしかしたら子供の教室が分からないのかもしれないと思い、俺は思い切って声を掛けてみた。
「あの、迷ってますか?」
綺麗なご婦人は俺を振り返ると、ほっとしたような表情を見せる。
「ごめんなさいね、娘のクラスの教室がどこにあるか分からなくて…」
THEマダム然としたご婦人は、品良く俺に尋ねる。
「何年何組でしょうか?」
「ええと、2年D組…だったかしら…?」
2年D組?うちのクラスか?
「2年D組なら、そこの階段を上がって、三階です。上がって右手、2クラス目の教室です」
そう俺が説明すると、ご婦人は嬉しそうに目を細めた。その笑い方はどこかで見たことがあるような微笑み方で。まぁ、恐らく同じクラスの誰かの母親なのだから、そりゃきっと見たことくらいあるのだろうが。
「ご丁寧にありがとう」
「ああ、いえ…」
律儀に頭を下げるものだから、俺も慌てて同じように頭を下げた。
するとそこに、「お母さん…!」と女子生徒の声が後ろから聞こえてきた。
「あら」
そう言ってご婦人が女子生徒の方に視線を向けて、俺もそれにつられて声の方を振り返った。
「え?涼くん…?」
「椿姫さん?」
俺達の後ろにやってきたのは、椿姫さんだった。
そうか、このご婦人の微笑み方、椿姫さんにそっくりだったのか。
通りで見たことがあると思ったが、かなり身近なクラスメイトだった。
「涼、さん…どこかで聞いたことのあるような…」
ご婦人は小首を傾げながら、はっと何かを思い出したように俺を見た。
「もしかして、美弥さんが言っていた、椿姫の友人の…?」
「あ、えっと、お世話になってます…」
俺が改めて頭を下げると、先程の優しそうな笑みを消して、椿姫さんの母親は俺を品定めするような目で全身を見てきた。
急に態度の変わった母親に対して、椿姫さんが慌てて俺達の間へと入る。
「お、お母さん、こちらがこの前お話ししていた友人の藤沢 涼くんです」
俺はもう一度軽く会釈する。
椿姫さんの母親は目を細めると、にこりともせずに言った。
「教えてくれてありがとうございました。けれど、貴方では椿姫の友人には相応しくないんじゃないかしら?」
整った綺麗な唇から放たれる冷たい言葉に、俺は驚くこともなく彼女を見つめた。
話は終わったとばかりにさっさと階段へと歩いて行く、椿姫さんの母親。
それを呆然と見送っていた椿姫さんが、青褪めたような顔で俺に詰め寄った。
「ご、ごごごめんなさい!涼くん!うちの母が失礼なことを…!」
「いや、大丈夫だよ」
なんとなくそう言われるのではないかと思っていたからか、特に驚くほどのことでもショックを受けるようなことでもない。
俺なんかが椿姫さんの友人であること自体、ラッキーすぎることなのだから。
「で、でも……!」
俺以上に取り乱し、泣きそうなほどに必死な椿姫さんに、俺は穏やかに微笑んだ。
「大丈夫だ。俺は気にしてない。それに椿姫さんの母親になんと言われようと、椿姫さんが俺の友人をやめたいと言わない限り、俺は椿姫さんの友人でいるつもりだ」
俺が椿姫さんの友人であることが、相応しくないだろうことは前々から理解している。
才色兼備な椿姫さんと、片や潔癖症に悩まされる平凡な俺。
それでも彼女は俺を友人と認めてくれているのだから、彼女から拒否されない限り、俺は椿姫さんの友人で在り続けたいと思っている。
椿姫さんは泣きそうな声で、それでも力強く言ってくれた。
「涼くんは私の大事な友人です!どんなことがあっても、友人をやめたいなんて、思うはずがありません!!」
「うん、ありがとな、椿姫さん」
椿姫さんはもう一度「ごめんなさい」と謝罪を口にして、後ろ髪を引かれながらも母親を追いかけて行った。
「ふぅ…」
本日二度目のため息にも似た呼吸を吐き出す。
想像してはいたが、椿姫さんの母親、めちゃめちゃ厳しそうじゃないか。
立派な家に住んでいたし、美弥さんのようなお手伝いさんもいた。
椿姫さんの所作や態度から、厳しく躾けられてきたのだろうとは思っていたが、やはりというかなんというか…。
「椿姫さんが気に病まないといいんだが…」
家に帰って母親から怒られないかが心配だ。
ようやっと昇降口を出ると、今度はダンディーなおじさまに出会った。
おいおい今度は誰の父親だ?
そう訝しんでいると、ダンディーなおじさまは俺に気が付いてにこやかにやってきた。
「やあやあ!涼くんじゃないか!元気にしてるかい!?」
「ああ、皐月の」
目の前にいるダンディーなおじさまは、皐月の父親であった。
皐月のイケメンは父親譲りってわけだ。
「お久しぶりです」
「久しぶり!皐月は体育館かな?」
「あ、はい、多分」
「ありがとう!」
爽やかに微笑んで校舎へと入っていく皐月父。
澪に引き続き、この親にしてこの子あり、のパターンである。
「しまった、もうこんな時間か」
岬さんを待たせているのだった。きっと今頃頬を膨らませながら作業を進めていることだろう。想像に難くないな。
俺は慌てて校庭の隅の体育倉庫へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます