第35話 真意
岬さんの俺に興味がある、とか言う訳の分からん発言のせいで、球技大会当日の説明を聞きそびれてしまった。仕方がない、当日までにプリントを読み込んでおくか。
「ねえ、藤沢っち~反応なし?」
球技大会委員の集まりが終わり、俺がいそいそと帰り支度をしている間にも、岬さんは俺の回りをうろちょろしてだる絡みしてくる。
あーもうなんなんだこの人は!
俺に興味がある、というのは嘘だろう。彼女は何か目的があって俺と接点を持とうとしている。そんな気がしている。
彼女の気の引き方は、いつぞやに声を掛けてきた勝山にそっくりだからだ。どこか打算的で、俺を利用してやるぞという気持ちが見え隠れしているのだ。
そんな奴に気を遣う必要なんてないし、関わりたいとも思わない。故に、彼女とは距離を取ることにした。
「悪いけど、俺じゃ岬さんの力にはなれないと思うから」
「え…?」
図星だったのか、ポカンとしてしまった彼女を置いて教室を出る。
引き下がってくれると助かるんだが。
「待って!藤沢くん!!」
案の定引き留められ、仕方なく振り返る。岬さんに視線を合わせると、さっきまでの俺をからかうような様子はなく、何故かやたらと必死そうな顔をしていた。
「嫌な態度取ってごめん!」
今度は俺がポカンとする番だった。自分の非を認めて、こんなに簡単に謝ってくるとは思わなかった。
「藤沢くんと友達になりたかったのは本当!でもそれは、えっと…その、」
そこまで言った岬さんは、信じられないくらいに顔を真っ赤にしていて、急にしおらしくなってしまった。
俺は何を言われるのかと、ごくりと唾を飲み込む。静かに彼女の言葉を待っていると、彼女は思い切ったようにこう口にした。
「す、好きな人がいるの!」
「す、好きな人?」
断じて俺が告白されるのではないか、なんて思ったわけではない。一ミリも思っていない。決して。
「そ、それでその、藤沢くんに、もしできたら仲を取り持ってもらいたかったと言うか…」
「俺に?」
「そう…」
「いや、そんなこと言ったって…」
この口ぶりからすると、俺達と同じクラスの男子なのだろう。しかし何故俺に声を掛けて来た?俺はクラスでも友人は少なく、なんなら男子の友人なんて一人しか……。
そこではたと思い当る。
「もしかして、…皐月か?」
俺の挙げた名前に、岬さんは更に顔を真っ赤にした。小さくこくりと頷く。
そうか。ようやく得心した。
何故わざわざ友人の少ない俺に声を掛けて来たのか。それは俺が唯一、辻堂 皐月と仲が良いからだ。
皐月は分け隔てなく誰とでも接するが、幼なじみの俺とつるむことが多く、自分で言うのもなんだが、親友と呼べるのは俺くらいだろう。人気者の皐月に基本ぼっちの俺、という組み合わせだ。ぼっちな俺になら、岬さんも声を掛けやすかったのだろう。そこで俺に白羽の矢が立ったわけか…。
「岬さんは、皐月のことが好きなのか」
「何度も確認しないでよ!誰かに聞かれたらどーすんのっ!」
と言ってもここは三年生の教室の廊下だし、クラスメイトに聞かれるような心配はないように思うが。
思ったことが顔に出ていたのか、「皐月くんは先輩にも仲良い人たくさんいるんだから!」と言われてしまった。そうなのか。皐月、すごいな。
「話を本題に戻すが、俺が皐月と岬さんの間に入って、キューピッド的な役割ができると、本当に思っているのか?」
「思わない!藤沢っち、なんか抜けてそうだし、頼りにならなそうだもん」
間髪入れずにそう返答される。自分で言っておいてなんだが他人からこうも容赦なく言われると、なかなかくるものがあるな…。頼りにならないか俺……。
軽くショックを受けていると岬さんがくすっと笑った。
「ま、そういうわけなんだけど、藤沢っちに協力してもらいたいのは、ほら、皐月くんの好みの女の子のタイプとか、髪型とか、体型とかあるでしょ?そういう情報を提供してもらいたいの!好きなものとか、食べ物とかも!!」
「なるほど」
それくらいなら俺でも分かることがありそうだ。しかし、親友の情報を知り合ったばかりの岬さんに垂れ流していいものだろうか。
「ね!お願い!もちろん悪用はしないし、藤沢っちから聞いたってことも絶対誰にも言わない。だから何卒っ!お願いっ!」
岬さんは両手を合わせて俺に懇願する。
さっきまでの彼女と違って、皐月のことが本気で好きで、その恋を真っ直ぐに頑張りたいのだろう気持ちが、よく伝わってきた。
協力してやってもいいだろうか…。
逡巡の後、俺は結論を下した。
岬さんのことはよく知らないが、皐月に嫌なことをするようなら、即刻この関係を切ろう。
俺は浅くため息を吐き出し、彼女に了承の返事をする。
「分かった。できる限りのことはやってみる」
俺の返答に、「やったー!!ありがとう藤沢っち~!!」と、抱き着いてきそうだったので、俺は慌てて距離を取った。
「悪いが、俺には触れないように気を付けてくれ」
「うん?わかった…?」
かくして、俺と岬さんとの不思議な関係が始まってしまった。
「因みに皐月は、ツインテールよりもポニーテールが好きだ」
「そうなの!?」
その情報を伝えた翌日、岬さんは本当にポニーテールにしてきた。オレンジ色のシュシュが、太陽のように眩しい。
「おはよっ、藤沢っち!どう?ポニテ似合うっしょ!」
「そうだな」
昇降口で岬さんとそんな会話をしていると、「はよーっす、涼!お、岬さんも一緒?」とちょうど皐月がやってきた。
「はよ、皐月」と挨拶を返す俺の横で、岬さんは固まっていた。
俺が小さい声で「おい、」と声を掛けると、はっとしたように動き出す。
「つ、つつつ辻堂くんっ、おはょぅ…」
「ん、おはよ!岬さん」
皐月の爽やかスマイルに、岬さんは「うっ…」と言って心臓を押さえていた。
本当に皐月のことが好きなんだな。
「あたし、先に教室行くので…」とわざとらしくその場を去る岬さんに、これは皐月との仲を進展させるのに、なかなか骨が折れそうだな、と思った。
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