第34話 不思議な女の子

 LHRが終わって下校の時間になっても、俺は席を立つことができなかった。

 なんで俺が球技大会委員!?無理だ…無理すぎる…。

 クラスメイトとほとんどコミュニケーションを取って来なかった俺が、運動の苦手な俺が、率先して行事に参加しなくてはならない。

 委員になってしまったと言うことは、試合の審判もあるし、片付けも多そうだ…。

 憂鬱すぎる……。

「はぁ……」

「藤沢っちは、いーっつも辛気臭さそうな顔してるよねぇ」

 俺が盛大にため息をついていると、目の前にやってきたのは、先程担任から「岬さん」と呼ばれていた生徒だった。

 小柄で、首元で低く結ったツインテールが印象的だ。

 クラスメイトの名前を覚えるのが苦手な俺は、今日初めて岬さんの名前を知った。座席は俺と同じ列の一番前だったようだ。

 いつも辛気臭そうな顔、とは初対面で随分な言い方である。

「これから球技大会委員として、よろしくね!」

「あー、うん、よろしく」

 俺の曖昧な返事にぷーっと怒って見せる岬さん。

「もうっ、せっかく一緒に委員やるんだから仲良くしようね!明日の放課後の委員の集まりも、ちゃんと来てよねっ!」

「分かってる」

 「じゃ、また明日!」と手を挙げて岬さんは教室を出て行った。

 思わずまた大きなため息をついてしまう。

 はぁ…パワフルな人だな。話すの疲れそうだ。

 などと失礼なことを考えていると、澪がひょっこり俺の席にやってきた。

「涼、…大丈夫?」

 心配そうに俺の様子を窺う澪。

 その様子がなんだか可愛らしくて、俺は気が抜けてしまう。

「大丈夫だよ、まぁ、無理なくやるさ」

 俺の思ったよりも前向きな返答に、澪は安心したようだった。内心しんどいが、澪に心配を掛けてばかりもいられない。

「そっか!私にできることがあったらいつでも言って!なんでも協力する!」

「ありがとな、澪」

「うん!」

 そういえばあの時、俺が球技大会委員になった時、澪は手を挙げようとしてくれていた気がする。澪が岬さんより先に手を挙げていたら、澪と二人で球技大会委員ができたのだろうか…。

「涼って、心海ここみと話したことあった?」

「ここみ?」

岬 心海みさき ここみ。さっき話してたみたいだったけど」

「ああ、岬さんか。いや、さっきが初めてだ」

「だよね!涼って全然女の子とお喋りしないもんねぇ~」

 何がそんなに嬉しいのか、澪はにっこにこである。

 こういう澪の態度を見ていると、澪も俺のことが好きなのではないかと勘違いしそうになる。気に掛けてくれているのは確かだろうが、ただそれが恋愛感情なのか、幼なじみだからなのかははっきりとは分からない。前者だったらいいなと思うが、訊く勇気は当然ない。

「澪は競技、何に出るつもりなんだ?」

「んーそうだなぁ、バレーボールかな。去年結構楽しかったし!」

「そうか」

「涼は?」

「まだ未定」

 できれば出たくはないが、一人一競技は必ず参加しなくてはいけない。

 去年は皐月とバスケに参加した気がするが、バスケ部の皐月が颯爽とコートを駆けて行き、俺はそれをただ見つめているだけで勝ち進んだ気がする。今年もそれくらい楽に終わると有難いのだが。

 そんなことを考えていると、ちょうど皐月がやってきた。

「涼、災難だったな」

「本当にな」

「変わってやりたいけど、できれば競技に全力出したいからさ。ごめんな」

「いいよ、気持ちだけもらっておく」

 そこに今度は椿姫さんまでやってきた。

「涼くん!私も何かできることがあったら手伝います!何なりと言ってくださいね!」

「ありがとう、椿姫さん」

 これだけ友人に心配され守られていると言うのは、有難いとも思うが、少々情けなさも感じる。

 球技大会委員になってしまったからには、仕方がない。それなりに頑張ってみるとするか。

 一人で手に負えなくなったら、皆に甘えるとしよう。


 次の日の放課後。早速球技大会委員の集まりがあった。

 各クラス二名ずつが、三年の先輩の教室に集合した。

 球技大会当日を含め、委員の活動期間は三日間。当日の試合の進行・審判・片付け。その前日に競技で使用する備品の準備、前々日もその準備だ。

 来週から三者面談が始まり、授業は四限まで。金曜日が球技大会である。

 球技大会の準備で遅くなることはなさそうだが、せっかく四限で帰宅できると言うのに、放課後に備品の掃除やら調整やらで残らなくてはいけないのは、なんだかやっぱりついていなかったと感じざるを得ない。

 配布されたスケジュール表を確認しながら、球技大会委員長の先輩が事細かに説明していく。それを適当に聞いていると、隣に座る岬さんが俺に身体を寄せて、ひそひそと話し掛けてくる。

「藤沢っち、まぁた目が死んでるよ~」

 思っていることが表情に出やすいタイプだとは思っていなかったのだが、案外俺って顔に出やすいのだろうか。それにしたって目が死んでるとはなんだ。辛気臭いとか目が死んでるとか。

「大きなお世話だ」

 岬さんは尚も話続ける。

「ねえねえ、訊きたいんだけどさ」

「なに?」

「藤沢っちって、北白河さんと付き合ってるの?」

 またその話か。これだけ広まっているとなると、椿姫さんの耳にも届いていそうだな…。そういえばメッセージで謝罪するのを忘れていた。

「付き合ってない」

「そうなんだ?北白河さんって、なかなか女子でも近付けなくてさぁ。それなのに最近、藤沢っち達と仲良いじゃん?超気になってたんだよねぇ」

 なるほど、そういうことか。

「椿姫さんに普通に声掛けにいけばいいだろ。喜ぶと思うぞ」

「ふぅん、そうなんだ」

 岬さんからの返事は素っ気ないものだった。てっきり彼女も勝山のように椿姫さんと仲良くなりたいがために俺に近寄って来たのかと思ったのが、違うのだろうか?

「何か勘違いしてるっぽいから言うんだけどさぁ、」

 そう言って一度言葉を切った岬さんは、にっと笑って俺の耳元でこう囁いた。

「あたしが興味あるのは、藤沢っちだよ?」

「は?」

 にこりと人の良さそうな笑みを浮かべる岬さん。

 この子は一体、何を考えてるんだ…?

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