第33話 球技大会委員

「私達も、次に進もうって、話」

 澪は上目遣いで俺を見つめる。

 次に進むって、なんだ?どこに進むって?

 俺と澪は付き合っているわけではない。幼なじみで親友で、その次に進むとは、どこに進むと言うのだろうか?まさかこれは告白か?恋人になろうとでも言っているのだろうか?

 いやいや「潔癖症」の今の俺では、まだ澪と付き合うには早い。迷惑を掛けるだけだ。今だってこんなに協力してもらっているというのに。一緒にデートにも行けないし、キスなんてもってのほかだ。

 澪の次に進むとは、どこのことだ?

 俺が混乱しているのを楽しそうに見つめた澪は、「むふふ~」といつものからかったような表情を見せた。

「涼ってばそんなに真剣に考えちゃって、私のこと結構意識してるんだぁ?」

「なっ」

 頬に一気に熱が集まっていくのを感じる。

 くそっ!またからかわれたのか…。

 確かに俺は澪が好きで、かなり意識している。彼女にはなるべく気持ちがバレないようにと振る舞っているはずではあるが、これは本当にバレていないのだろうか?

 嬉しそうに笑った澪は、俺から少し距離を取るとベッドに座り直す。

「ところでさっ」

「なんだよ」

 今度は何を言い出すつもりなのかと警戒気味の俺に対して、澪はあっけらかんと話題を変える。

「来週は三者面談があるねぇ」

「そうだな」

 一学期の中間テストが終わって、七月の期末テストまではまだまだ余裕がある。

六月は生徒と担任と親を含めた三者面談がある。普段の学校での成績や素行、進路の話なんかもあるのかもしれない。俺達ももう高校二年生だ。来年はもう受験生。そろそろ進路のことも考えていかなくてはならない。

 澪は少し顔を歪めて、寂しそうに呟く。

「涼はもう進路とか、決めてるの…?」

「いや、全く」

 勉強は割と好きな方だが、これといってどこの方面に進もうかとか、興味がある分野がどんなものなのかとか、いまいち自分でも分かっていない。大学は出ておいた方がいいとかよく聞くが、特に学びたい分野がないようであれば、就職してもいいと思っている。

 俺の返答に安堵したように「そっか!」と胸を撫でおろす澪。いつも明るい澪ではあるが、きっと勉強や進路、他にも悩むことくらいあるのだろう。俺ではその力になってやることはできないだろうか。澪に支えてもらってばかりの俺じゃ、役に立たないかもしれないが。

「おじさんおばさん、どっちか面談来れそう?涼の両親、めっちゃ忙しいよね?」

「そうだな…。去年のこの時期は、俺と担任の二者面談だった」

 父も母も仕事が忙しく、どうにか抜けて来ようとしてくれたのだが、結局日程が合わず、俺と担任で最近どう?みたいな不毛な会話をして終わった気がする。

「ま、来年本格的に進路を決める時にでも来てくれたらいいさ」

「そうだよね!まだ二年生だし!」

 「進路の話なんてやめやめ!!」と自分で出した話題にも関わらず、澪は三者面談の話題を打ち切った。

 三者面談の時期ときて思い出したのだが、ちょうどこの時期、球技大会もある。

 俺にとっては三者面談よりもその球技大会の方が憂鬱だ。

 「潔癖症」の俺にとっては、体育の授業で汚れることすらストレスなのだが、球技大会なんて、一日中体育の授業みたいなものではないか。汚れたジャージから早く着替えたいと言うのに、放課後まで着替えられないのはかなり精神がしんどい。

 いやいやこういう考え方も少しずつ改善しないとだよな。「潔癖症」の克服を目指しているわけだし。それにしたって憂鬱なものは憂鬱だ。運動も然程得意でもないし。

 きっと澪はこういう行事は好きなんだろうな。皐月だって運動部だし、球技大会は去年も張り切っていた気がする。椿姫さんはどうだろうか?

 もし三人と一緒に何かできると言うのなら、もしかしたら球技大会も楽しいものになるのかもしれない。


 翌日のLHR。担任の望月先生から、球技大会の話題が出された。

「来週は球技大会があります。今日はそのクラスの実行委員を決めたいと思います。男女一名ずつです」

 先生のよく通る太い声が教室中に響く。

「やりたい人はいますか?」

 先生は鍛えられたムキムキの右腕を挙げながら、みんなを見回す。

 ぱっと手を挙げるようなやつはいなくて、どうする?とこそこそと話しているのが聞こえた。

 運動部は競技に力を入れたいのか、委員に立候補するやつはいなさそうだ。

 ちらっと皐月の方を見ると、ちょうど目が合って「俺はパス」と腕でばってん印を作られた。その隣の椿姫さんは何を勘違いしたのか、とても優雅にこちらへと小さく手を振った。俺もそれに小さく振り返す。

 すると先生が困ったようにはち切れんばかりの腕を組んだ。

「困りました。先生が適当に決めることになっても大丈夫ですか?」

 生徒達は渋々頷く。

 球技大会の委員は結構忙しい。一日だけの仕事ではあるが、各競技の審判や準備、成績の集計、その他諸々、生徒主体のイベントだけあって委員会に任せきりなので球技大会委員は大忙しなのだ。

「では今日は、今朝測定した僕の骨格筋率で決めていきます」

 この学校の教師は本当に訳の分からないところから数字を引っ張ってくるんだよな。数学教師はすぐ将棋の動きで指名してくるし。いつ当たるか気が気ではない。

「今朝の僕の骨格筋率は、48パーセントだったので、4+8で出席番号12番の方!」

 望月先生がまたもや右手を挙げてクラス中を見る。しかし手は挙がらない。

「あれ、出席番号12番の方…は…」

 教卓に置かれている名簿を確認した先生は「そうだったそうだった」と呟く。

「出席番号12番は加藤さんで、今日はお休みでしたね」

 俺の前の席であり、校外学習も同じ班だった加藤さん。あまり話したことはないが、落ち着いていてクールな印象の女の子だ。

今日は風邪で欠席だと、朝のホームルームで言っていた。良かったな、加藤さん。出席していたら球技大会の委員になっていたところだぞ。

「じゃあ、その後ろの藤沢くん」

「!?!?!?」

「球技大会委員、お願いします」

 先生が俺の目を力強い眼光で見つめてきた。

 何で俺!?前の席じゃなくてなんで後ろの席!?

 そう不平不満を口にしたい気持ちをぐっと堪えて、俺は小さく「はい…」と頷かざるを得なかった。望月先生の厚い眼差しは、有無を言わせてくれないのだ。

 最悪だ…球技大会が苦手だと言うのに、委員になってしまうなんて…。

「では、次は女子ですが、」

 先生はさっさと進行していく。

 ふと視線を感じてそちらの方を見やると、後ろを振り返って驚いたようにこちらを見ていた澪と目が合った。

 澪は「涼がやるなら、」とでも言いたげに手を挙げようとした。しかし僅かばかり早く一番前の席で「はいはーい!」と手が挙がった。

「せんせー!私やりますっ!」

 先生は驚いたように目の前の女子生徒を見てから、にっこりと笑った。

「では、岬(みさき)さん、よろしくお願いします!」

「はーい!」

 岬さんと呼ばれた女子生徒は、俺を振り返ってにっこりと口角をあげた。

「よろしくね!藤沢くんっ」

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