第32話 誤解と進展?
中間試験のテスト返却が終わって、廊下に一学期中間テストの順位表が張り出された。
配られる個人表にも一応自分の順位だけは記載されていたが、一覧として確認できるのはこの掲示された順位表だけだった。
俺の成績は、二十六位。思ったより生物も悪くなかったし、家での勉強時間が取れていない分、椿姫さんとの勉強会が功を奏したのかもしれない。
「やっぱり涼くんは全然大丈夫でしたね」
ひょこっと顔を出した椿姫さんが、そう言いながら品のいい笑み、と言うよりかはややドヤ顔で声を掛けてきた。何故椿姫さんが誇らしげなのかは分からないが、なんだか可愛らしいのでまぁいい。
「椿姫さんは…」と俺が順位表に目を走らせていると、「わ、私の成績は確認しなくていいのです!」と前を塞がれてしまった。
張り出されるのは成績上位一位~五十位。椿姫さんも入っていそうなものだ。
なんとか俺に触れないよう、俺の視界を塞ごうとする椿姫さんに構わず、彼女の名前を探した。
あ、あった、「2-D 北白河 椿姫」
「七位!?!?」
俺に勉強を教えてもらいたいと言うから、勝手に俺の成績周辺だと思っていたのだが。
「椿姫さん…俺より全然成績いいじゃないか…」
「あ、あの!これはたまたまと言うか!山が当たったと言うか!?」
椿姫さんは焦ったように捲し立てる。椿姫さんが山を張って勉強するとは思えない。彼女のことだ、どの単元も丁寧に取り組んでいるはずだ。
俺がじとーっとした目で彼女を見ていると、椿姫さんは引き続きあわあわとしている。俺は我慢できずに吹き出してしまった。
「悪い悪い。からかうつもりはなかったんだ」
「へ?」
「椿姫さんの成績がいいだろうことは薄々分かってたしな」
「そ、そうでしたか…。あ、あの勉強会は!」
「急に止めたりしないよ、俺も集中できて助かってるし」
俺の言葉に安堵したように胸を撫でおろす椿姫さん。
「わ、私も、涼くんと勉強するのが一番集中できて楽しいです」
「それはよかった」
俺はそこでようやく気が付く。
和やかに会話していて気が付かなかったが、ここは順位表が張り出された掲示板の前。ある程度の人だかりができている。周りの視線が俺達二人に突き刺さる。
しまった、と思った時にはもう遅かった。ひそひそ話が俺の耳に届いた。
「あいつ誰?」
「随分北白河さんと仲良いな」
「意外。北白河さん、彼氏いたんだ?」
「いや、あんな奴彼氏なわけないだろ」
椿姫さんはクラス一、いや学年一の美人と言われ、謙虚かつお淑やかで清楚。男子からも女子からも憧れられる存在だ。
そんな彼女と仲良さそうに話している俺に好奇の目が向くのは当然だった。
「きょ、教室戻るか…」
「はい」
周りの目に全く気が付いていないのか、椿姫さんは平然と俺の横に並ぶ。友人とはいえ、もう少し他人の前では距離感を考えた方がいいのかもしれない。
帰宅してベッドでゴロゴロと小説を読んでいると、突如俺の部屋の扉がバンっと音を立てて開いた。俺は驚いて起き上がり、そちらの方を見やる。
そこに立っていたのは、ラフな私服に着替えた澪だった。パーカーにショーパン姿である。
「び、っくりした。なんだ澪か。つーかどうやって入ってきた?俺、鍵ちゃんと掛けたよな?」
父も母も今日は仕事で帰らないはずだ。帰宅後にちゃんと玄関の鍵を掛けたはずなのだが、澪はどうやって入ってきたのだろうか。
「そんなことどうだっていいでしょ!」
「いや、全然良くないだろ。うちの防犯が心配だ」
澪はつかつかとこちらにやってくると、俺のベッドに勢いよく腰を下ろした。
相変わらず無防備で困る。普通平然と男一人の家に、しかも部屋にまで入ってくるか?幼なじみとはいえ、もう少し警戒してほしいものだ。それとも俺のことを男と思っていないのか?
澪は眉間に皺を寄せて、腕を組んでいる。くるりとこちらを見ると、開口一番罵声が飛んできた。
「涼の馬鹿!」
「なんだよいきなり」
「椿姫ちゃんと付き合ってるなんて私、」
そこで言葉に詰まった澪の表情がみるみる歪んでいく。
「聞いてないもん……」
泣き出しそうな悲壮な声色に、俺は心底慌てた。澪がここまで取り乱すなんてことは滅多にない。
「澪!?」
「わたし…涼の一番近くにいられてると、思ってたのに…」
「ちょ、ちょっと待て!何を勘違いしているのか知らないが、俺と椿姫さんは付き合ってないぞ!?前も話しただろ、ただの友人だって」
そう慌てて説明すると、澪はけろっと「あ、そうなの?」と返答する。噓泣き…だったのか?
「なーぁんだ!やっぱりただの噂かぁ~!」
あっという間にいつもの澪である。さっきのは何だったのだ。
「ま、噂だと思ったけどね!」
「さっきからなんなんだよ、澪は何の話をしてるんだ?」
「それがさ、何でか知らないけど、藤沢と北白河って付き合ってるらしいぜ~、って噂してる人がいてさっ」
「はぁ!?なんでまた…」
と思ったが、もしかして今日の掲示板での出来事から誤解が生まれたのだろうか。椿姫さんに悪いな…あとで詫びのメッセージを送っておかなくては。
「涼はこの噂どう思う?」
「どう思うってなんだよ」
「椿姫ちゃんと噂されて嬉しかったりするのかなぁ~って」
「そんなわけないだろ。寧ろ椿姫さんに迷惑掛けて申し訳ない」
「ふーん、そう」
澪はたまに俺の心の中を見透かそうかというような目で見てくることがある。
ま、実際は全然俺の気持ちなんて分かってないみたいだけどな。俺が好きなのは澪だし。
「ところでさぁ~、涼~」
澪がやたらと甘ったるい声を出したかと思うと、俺へと距離を縮めてくる。ベッドに手をついて、俺を上目遣いで見つめる。
この距離はまずい。澪のなんだか桃のようなやたらといい香りが鼻腔をくすぐる。
この距離とこの香りを前にすると、俺は俺の理性を抑えられるか心配になってくるのだ。彼女に強引に触れたくなる。
「ねぇ、そろそろいいんじゃない?」
「い、いいって、な、何が?」
俺は澪から視線を逸らせずに、少し身を引く。
澪が優しく俺の指先に触れた。
「私達も、次に進もうって、話」
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