第二部
第31話 潔癖症の俺の優しい日常
俺、
「潔癖症」と言っても、その症状や程度は人によって異なる。
俺の場合は自分が汚い人間だと思い込み、綺麗にしなければと考えた結果、気が付けば「潔癖症」になり、除菌を止められない人間になってしまった。
しかしそれも、幼なじみの
澪が考えてくれた「潔癖症さよなら大作戦」をクリアした俺は、少しずつ除菌を減らすことに成功し、他人に触れたり、他人の物に触れることを少しずつ許容できるようになってきた。他人に触れるのは、まぁ、まだ澪の指先に触れたくらいなのだが…。
この「潔癖症さよなら大作戦」の最中、俺は澪への恋心に気が付いてしまった。
高校生にもなって恋心だなんて、やや少女漫画チックな表現ではあるが、ずっと一緒に過ごしてきた彼女を好きになるなんて、自分でもびっくりしているのだ。
澪は小さい頃からの良き友人であり、親友だった。そんな彼女を可愛く思い、愛おしく思う日が来るなんてな…。
もう一人の幼なじみで親友の
五月の終わり、一学期の中間テストも終わって、いつも通りの日常が戻ってきた。
俺は友人の椿姫さんと、学校の図書室で今日も恒例の勉強会を開いていた。
椿姫さんから勉強を教えてもらいたいと言われ始めたこの勉強会ではあるが、彼女は優秀で俺が教えることなんて本当はほとんどない。
しかし俺も彼女が高校に入って初めてできた友人とあって、勉強しながら雑談に興じることがここ最近の楽しみでもあった。
友人と放課後に勉強しながらゆったりと会話することが、こんなにも楽しいものだとは知らなかったな…。
友人の少ない俺は、しみじみと友人達に感謝の念を送っていた。
「涼くん、中間テスト、どうでしたか?」
椿姫さんは本日の英語の授業で出された宿題から顔を上げて、俺へと問いかける。相変わらずの美人さんで、どの所作をとっても優雅で可憐な女の子である。最近は少し暑い日も増えたせいか、長く艶やかな黒髪を結っていることが多くなった。今日は低めのサイドテールだ。
「うーん、まぁまぁかな…生物はあまり自信がないかもしれん」
と言うのも、今回の中間試験勉強はうまく手に付かなかったのだ。
普段、部活動に所属していない俺は、帰宅してすることもないので勉強をすることが多かったのだが、澪が家に遊びに来ることが多くなって、その時間が少し減った。
俺としてはそこまで勉強に重きを置いているわけではないし、好きな女の子が遊びにきてくれる方が、よっぽど人生が潤う。
しかし、勉強に関して何故か一目置いてくれている椿姫さんに幻滅されるのは、少々心苦しかった。
俺の返答に椿姫さんは優しく微笑む。
「涼くんならきっと大丈夫です。普段の授業の予習復習もしっかりされてますし、悪い点は取らないと思います」
「そうかな…」
「はい!もし万が一良くない点数だったら、今度は私が教えますね」
そう意気込んでくれる椿姫さんに心が和む。
「ありがとな」
正直自分でも女の子に好かれるような性格ではないと思っているし、何故椿姫さんが俺に声を掛けてくれたのかはかなり謎である。友達の少ない者同士、惹かれるものでもあったのだろうか。
「ところで涼くんは、今欲しい物とかありますか?」
「え?」
唐突な話題の変更に、俺はきょとんとしてしまった。
「欲しい物?」
「はい、欲しい物です!」
「随分唐突だな」
「
椿姫さんは何かしまった、と言うような表情をして口を噤む。
「皐月から聞いた?何を?」
皐月と椿姫さんは隣の席だ。皐月が何か俺の話でもしたのだろうか。
「えっと…すみません、辻堂くんは…何でもないです!」
「???」
全く訳が分からない。椿姫さんは何を言いたかったのだろうか。皐月、頼むから変な話はしていないでくれよ。
「とにかく!欲しいものです!何かないでしょうか!」
椿姫さんがこちらに身を乗り出してくる。相変わらず興奮したり、熱中していたりすると距離感がちょっとおかしくなる彼女である。揺れた髪から甘い香りが漂ってくる。
そこにちょうど、図書室のドアがスライドし、誰かが勢いよくこちらにやってきた。
「ちょちょちょっと!すとおおーぷっ!」
俺と椿姫さんの間に入ってきたのは、なんと澪だった。
「澪!?」
「あ、澪ちゃん!」
澪は腕を組んでその上に重たそうな胸を乗せる。彼女の豊満な胸がやたらと強調され、俺は目のやり場に困った。
暑くなってきたせいか、ブレザーを着て過ごす生徒は少なくなり、皆ワイシャツやカーディガンで過ごしている。澪も今日はワインレッドのカーディガン姿だった。
「どうして二人はそんなに距離が近いのかなっ!?」
澪は笑顔で俺達に問いかける。すると椿姫さんが照れたように顔を真っ赤にして、俺から勢いよく離れた。
「す、すみません!」
「あ、いや…」
驚くことはあるが、別に不快に思っているわけではない。椿姫さんにそういう癖があることも把握していた。
「椿姫ちゃんは私とくっつこうねぇ」と言った澪は、椿姫さんを後ろから抱きしめる。
仰け反った椿姫さんの大きな胸を直視してしまい、俺はとうとう目を覆った。友人にえっちな目を向けてはいけない。
「澪ちゃん、ちょっとくすぐったいです」
椿姫さんの嬉しそうな声が聞こえる。
「えー、だって私も椿姫ちゃんともっと仲良くなりたいんだもーん」
可愛い女の子二人のきゃっきゃうふふの声を聞きながら、俺はどうしたらいいんだ…?と途方に暮れる。
そこにまたドアのスライドする音が聞こえて、「おー、いたいた!」と誰かがこちらにやってきた。
「涼!…って、つばきちだけじゃなくて、澪ちんもいんのかよ」
「げ、皐月くん」
皐月の登場に、相変わらず嫌悪感たっぷりの反応の澪。
皐月はかなりイケメンのはずなのだが、何故か澪は興味を示さない。少女漫画好きの澪からすると、皐月はなかなかいい線いっていると思うのだが、澪曰く、皐月は内面がイケメンではないらしい。地味に可哀想な言われようだ。
「皐月、部活は終わったのか?」
皐月はバスケ部に所属している。この時間に制服でいるなんて珍しい。
「終わった!今日はミーティングだけだったし!」
「そうか、お疲れ」
「おう!んで、涼とつばきちここにいると思って、誘いに来た!」
そう言うと皐月はカーディガンのポケットから、数枚の小さな紙を取り出した。
「なんだそれ?」
俺が皐月の手元を覗き込みつつ質問すると、皐月はドヤ顔でじゃじゃーん!と披露する。
「駅前にできたアイスクリーム屋さんの割引チケットでっす!!」
「ほー」
「先輩に貰ったんだ!澪もいるとは思わなかったけど、ちょうどいいや、皆で行こうぜ!」
「「アイス!!」」
女子二人はキラキラと目を輝かせる。アイスを食べるにはまだ少し早い気候ではあるが、夏になると食べ終わる前に溶けてしまう。それに比べたらちょうど美味しくゆっくり食べられる時期かもしれない。
「涼と放課後どっか行ったことねーじゃん?デートしたくて誘いに来た!」
「皐月……。俺も皐月と放課後に遊びに行きたいって、考えてたよ」
「涼…!!」
「皐月…!!」
俺と皐月が共鳴し合っていると、澪が「きもいきもい!いいからさっさと行こ!」と皐月を引っ張っていく。
俺と椿姫さんも慌てて勉強道具を片付けて、二人の後に続いた。
放課後に友人とアイスを食べにくる日がくるなんて、思わなかったな…。
冷たいアイスを口に入れながら、しみじみと感動する。
今までの俺なら、「潔癖症」を理由に、どこにも寄らず、さっさと帰宅していた。人が多いところは避けていたし、除菌が多く必要そうなゲーセンやカラオケには行ったことがない。
しかし少しずつ「潔癖症」を緩和できてきている今ならどうだろうか。もしかしたらそういうところに行けるようになる日も遠くないのかもしれない。
「涼の抹茶もーらいっ」
「あ、おい!澪!」
「俺は澪のストロベリーもーらおっ」
「あ!ちょっと皐月くん!?」
「涼くん、良かったら私のチョコも食べますか?」
「ありがとう椿姫さん」
俺の「潔癖症」を疎むことなく一緒にいてくれる友人達と、この高校二年生は何かが変わる気がした。
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