第30話 潔癖症の俺が彼女と触れ合えるようになるまで…
澪が家に来たあの日から、彼女はちょくちょく俺の部屋に遊びに来るようになった。目的はいまいち分からないが、多分ゲームだろう。小さい頃もよく一緒にゲームをしていたし、俺の部屋に来る度とりあえずゲームをして遊んでいる。
皐月と一緒によくやっているモンスターを狩りに行くゲームに、少し興味があるようだった。「それ面白いのー?」と言いながら、いつも俺の手元を見ていた。
その日、澪はゲームに飽きたのか、俺のベッドでゴロゴロとスマホをいじっていた。
よく平気で男の部屋に入り浸り、あまつさえベッドに寝転んだりできるものだ。幼なじみだからと言っても、俺だって一応男なのだが。
「おい、澪。まさか他人の家でもベッドに寝転んだりしてないだろうな」
澪はスマホから目を離さずに「えーしてないよ~」と適当に返答する。あーあースカート皺になるぞ。ていうかパンツ見えそうじゃないか…?じゃなくて!全くはしたない。
はぁ…とため息を零していると、「あれ!?」と声を上げた澪は勢いよく起き上がった。今度はどうしたと言うのだ。
俺の学習机へとやってくると、澪は何かをまじまじと見つめている。
「どうかしたのか?」
「これ!」
俺の方を振り返り、澪は見つめていた物を指差す。その先には、先日の校外学習でこっそり買っていた、ちりめん風のうさぎのキーホルダー。
「あー…」
澪が欲しがっていたので購入したはいいが、渡すタイミングを逸し俺の机の上に適当に飾っていたのだった。
「浅草で私が見てたやつじゃん!」
「…そう、だな」
「なんで!?買ってたの!?」
「うーん、まぁ……」
もちろん澪のために買ったのだが、付き合ってもいない男からのプレゼントとはいかがなものかと、俺は渡すのを臆していた。幼なじみで友人とはいえ、男からうさぎのキーホルダーってどうなんだ?
「やっぱり可愛い~!」と言いながら眺めていた澪だったが、「あ…」と何かに思い当たったように先程までの喜びの表情を消した。
「どうした?」
澪は少し落ち込んだように口を開く。
「もしかしてこれ。椿姫ちゃんにあげようとしてた?」
「は?」
「お揃いにしようとしてるのかなって。涼、付き合ってる女の子とだったらお揃いにしてもいいって言ってたし」
「何でいつも椿姫さんを引き合いに出すのか分からないが、彼女はただの友人だぞ。それにこれは、」
澪にあげるために買ったのだとつい口をついてしまいそうになって、俺は慌てて軌道修正する。
「それは、えっと、好きな子にあげようと思ってたんだ」
俺の言葉にたっぷり十秒は間を開けて、澪は驚愕したように叫ぶ。
「好きな子!?!?」
まずかったか…俺が澪のことを好きだということがバレてしまったのだろうか。
しかしその俺の心配の斜め上を行く回答が澪の口から飛び出した。
「涼の好きな人って、椿姫ちゃんじゃないの!?誰!?好きな子って!また新しい女!?」
澪は可愛らしく頬を膨らませながら、ぷりぷりと怒っている。どうやら俺が澪のことを好きだということはバレなかったようだが、また変にあらぬ誤解が生まれてしまったように思う。
「あ、いや違くて…」
そう何とか取り繕おうと言葉を探しているうちにも、澪はずんずんとこちらに距離を詰めてくる。だから近いんだよ…!
「うわっ」
澪が近付いてくるせいで、俺は後ろに下がり続けていたのだが、後ろのベッドに見事膝カックンをされ倒れ込んだ。澪はその俺の上に容赦なく跨る。
「ちょ、何してんだよ澪!?」
俺に触れないように馬乗りになった澪は、更に顔を近付けてくる。
「涼の浮気者」
「はぁ?浮気なんてしてないだろ」
「してるもん!すぐ余所の女の子好きになるんだから!浮気者!すけべ!えっち!」
「おい、えっちなことは何もしてないしそもそも浮気もしてない。俺は一途だ」
「あっそーですかー!」
「いいからそこどけよ」
この体勢はまずい。澪の体温、身体のもちもち感、女の部分をあまりに感じさせられてこのままでは俺の沽券…いや股間に関わる。頼むどいてくれ。
「…こんなに可愛い幼なじみがいるのに、どうして涼はいつも他の女の子がいいんだろ…」
澪は頬を膨らませながらまだ何かぶつぶつと言っている。
このままじゃ駄目だ。まずい。刺激が強すぎる。早くどいてもらわないと…!
澪の身体を掴んでどかすか?いや、今彼女に触れるのは余計にまずい。理性がさよならし兼ねない。
「澪っ…」
俺が困っていることなど露知らず、澪はスカートのポケットからスマホを取り出すと、ささっと何かを操作して、その画面を俺の目の前に突きつけた。
「今日からこれを!実行します!!」
そう言って見せられた画面には、以下の言葉が並んでいた。
【潔癖症さよなら大作戦 上級編!】
・指先に触れる
・手袋の上から手を繋ぐ
・タイツ越しに太ももに触れる
・手を直に握る
・間接キスをする
・キスをする
・身体に触れる
・えっちをする
いつぞやに似たような文面を見せられたような気がしないでもないが、何か少し変わっているような…?
「って、澪さん…今なんて?」
「今日から!これを!!実行します!!!」
「はあ?!」
「涼がそのつもりなら、私だって負けないんだから!宣戦布告なんだから!」
全く意味が分からん。大体このリストは冗談で考えたものではなかったのか?
「まさか本当にやる気か!?」
「やります!!」
どう考えてもどの項目も恋人以上でないと厳しいと思うのだが、澪は何を思ってこれを実行することにしたんだ。俺にとっては願ったり叶ったりであるが、想いも伝えられていない俺にはまだ早すぎる。
「それと涼は、他人の物に触れることは、もう全然大丈夫だと思う!」
「え……?」
「今までお互いの私物に触ったり、家に行き来してみたわけだけど、涼はやっぱり全てに対して潔癖症なんじゃなくて、涼が苦手なのは、『人に触れること』。ただそれだけだと思うの」
確かに、秋月に汚い触るな、と言われたのがものすごくショックだった。
自分でもしっかりと認識できていなかったが、澪との「潔癖症さよなら大作戦」を一通り終えた今の俺ならはっきりと分かる。
俺は、『他人に触れることが極端に苦手な潔癖症』なのだ。
「だから涼には今後、これが必要になってくるってこと!」
澪は俺の指先にちょこんと触れると、スマホ画面を顔の横に掲げて、にっと笑った。
俺は盛大にため息をつく。
俺のためだというのは分かっているのだが、どこまで本気なのかだろうか。
しかし澪は、きっと言い出したらきかないのだろう。
今までもそうだったように、強引に俺の心を救ってくれるのだ。
俺はやれやれと思いながら、自分の意思を少しずつ固めていく。
「潔癖症」を少しでも克服して、澪に告白する。
明治の文豪である泉鏡花も相当な潔癖症だったと訊く。その彼が、恋をし結婚したのだ。
「潔癖症」だとしても、自由に恋をしたっていい。
きっと急がなくてもいつか好きな彼女に触れられる日が来る。
俺達は俺達のペースで、少しずつ恋を進めていくのだ。
潔癖症の俺が、彼女と触れ合えるようになるまで、あと335日。
第一部 終わり
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