第22話 穏やかな時間
浅草に到着した俺達は、雷門を潜り抜け仲見世通りへとやってきた。
平日ではあるが、観光客や外国の方も多く、かなり賑わっている。左右のお店にきょろきょろと意識を飛ばしながら、俺達は浅草寺に向かって歩く。
「わー!可愛い!!このウサギちゃん!」
澪が目を輝かせながら手に取ったうさぎのキーホルダーは、ちりめんで作られたような羽織を着た小さなうさぎだった。赤色の羽織を着たうさぎと、青色の羽織を着たうさぎがセットになっている。
「ねえ涼!私これ買うからさ、一緒にスマホに付けない!?」
「え…」
澪の提案に、俺はやんわりと拒絶を表明する。
「付けるわけないだろ、俺がこんな可愛い物。大体、そういうのは付き合ってる男女がすることで…あ」
口にしてから気が付いたが、澪の提案に乗るべきだったのではないだろうか。実際は付き合っていないとはいえ、男女でお揃いのキーホルダーを付けていたら、皆付き合っていると誤解するだろう。そのまま勘違いさせておけば、勝山のような悪い虫が彼女に近付くことを防げたかもしれない。
早まったな…と思っていると、澪は少し拗ねたような声色で尋ねてくる。
「じゃあさじゃあさ。涼はもし付き合ってる女の子とだったら、お揃いにしてくれる派?」
付ける物によって少々の抵抗感はあれど、男避けになるのだとしたら、俺は喜んで可愛いものだって身に付けようじゃないか。と今認識を改めました。
「そうだな、付けると思う」
そう答えると、「ふーん、そうなんだ」と実に淡泊な返答が返ってきた。機嫌を損ねてしまったのだろうか。
少し心配になっていると、澪はすぐに「あ!きびだんご屋さんだって!行こ行こ!」とさっさと切り替えて行ってしまった。
俺はうさぎのキーホルダーのセットを手に取ると、澪には気付かれないようにこっそり購入した。
浅草寺に行くまでにたくさんの誘惑が俺達を待ち構えていた。
人形焼きやお煎餅など、甘い物、しょっぱい物が交互に誘惑してくる。まんまとその流れに引っかかりながら歩みを進める俺達。皐月はスクール鞄ぱんぱんにお土産を買っていた。
「買いすぎじゃないか?」
「いやいや!せっかく来たんだぜ?むしろまだまだ買うつもりだし!」
各々楽しく浅草を満喫し、ようやく浅草寺に到着した。
お参りを済ませた俺達は「みんなでおみくじ引こうぜ~」と言う勝山のアイデアに同意し、一様におみくじを引いた。もちろん除菌することは欠かさない。今日は何だか除菌をしないと全然落ち着かなくて、学校では少しずつ減らせてきていた手指の除菌をこまめに行っていた。勝山のせいでストレスになって、精神が落ち着かないのかもしれない。除菌は精神安定剤である。
しゃかしゃかとおみくじを振って出た番号は、三十一番。
三十一番の引き出しから紙を取り出すと、見事大吉であった。よし!
なになに…願望(ねがいごと)、叶う。待人(まちびと)、来る早いでしょう。学問、安心して勉学せよ。
おおー、大吉とあってなんだかやたらといい事が書いてある気がする…!恋愛欄はどうだ?
慌てて下の段の恋愛、の欄を確認する。
恋愛、ためらわず告白せよ。
うわぁ、まじか。ためらわず告白せよ?ためらいなく告白なんてできる奴いるのか?
ううーんと唸っていると、澪がひょっこりと俺のおみくじの結果を覗き込もうとする。その近さに俺の心臓がドキリと音を立てる。
「ねえねえ、涼は結果どうだった?」
「大吉だったよ」
「大吉!?すっご!」
「澪は?」
「私は中吉~。中吉って悪くはないよね?」
「大吉、吉、中吉、じゃないか?神社やお寺にもよると思うが」
「真ん中くらいかぁ~」と結果に少々不満そうな澪は、おみくじの内容をよく読んでいるようだった。
俺は鞄からお茶のペットボトルを取り出すと、一口口に含む。大分歩いて疲れてきたな…。
「あ、涼!私、安産だったよ~」
「ぶふっっっ!!」
危く飲んでいたお茶を吹き出しそうになって、それを慌てて飲み込むと今度は器官に入ってしまった。
「げっほ、げっほ!!」
「涼、大丈夫!?」
「お前が…っ、変なこと言うからだろ…っ」
澪は俺をからかうようににやにやと笑う。
「えー?もしかして私との子供のこと、想像しちゃった?」
「…してない」
「涼ってばえっちなんだ~」
「だからしてないって」
「えー、どうだかなぁ~」
尚も俺の様子を見ては「むふふ」と変な笑いをしている澪を無視して、おみくじ掛けに俺の大吉を結ぶ。
「あれ!?涼、結んじゃっていいの?大吉なのに」
「結果が良かろうが悪かろうが、おみくじは結んだ方がいいと思うぞ。神様との縁を強く結んでくれるんだと」
おみくじの結果を真に受けているわけではないが、いい事ばかり書いてあったので是非とも全て叶ってほしい。占いやおみくじは、いい結果が出た時だけ信じる派の俺である。恋愛欄は自分の努力が大事だとは思うが、その勇気が湧いてくるよう力をくれ。
「そうなんだ!じゃあ私も結ぼ~」
澪は俺の隣にやってくると、俺が結んだおみくじのすぐ隣に自分のおみくじを結んだ。
「澪みくじちゃんも、涼みくじちゃんとずっと一緒!ね?」
そう言って俺に笑顔を向ける澪。何だかやたらと心臓が痛くなった。
なんでこうも平然と可愛いことが言えるんだ?澪って前からこんなに可愛かったか?
澪はいつも明るく優しかったと思うのだが、こんなに俺をときめかせるような事を言っていただろうか。ただ単に俺が気が付かなかっただけなのか?通常運転の澪の言葉が今の俺にはクリーンヒットするのか?
「あ!涼、あそこにぜんざい食べられるお店あるよー!」
「まだ甘い物食べるのか…」
澪の提案により、皆でぜんざいのお店に入ることになった。正直甘い物の許容量が少ない俺は、そろそろ胃が限界である。甘い物は好きだが、多くは食べられないのだ。
メニューの中に茶そば、というものがあったので俺はそれを注文した。
隣に座る澪は抹茶あんみつを、向かいの椿姫さんは白玉あんみつ、その隣の皐月はクリームみつ豆を頼んでいた。揃いも揃って甘党である。加藤ちゃんと勝山は何を頼んだのかよく見えなかった。
歩き疲れた脚を休めながら、甘味を味わう(俺は蕎麦)。
「疲れた時はやっぱり甘い物に限るなー」
次から次に甘味を口に運ぶ皐月に「そうですね」と同じようにぱくぱくとあんみつを食べ進める椿姫さん。美味しいです~と言いながら頬っぺたを押さえている。
いやいやお前ら、さっきからずっと甘い物ばかり食べてたよな?どれだけ食うつもりなんだい?
ずるずると茶そばを啜っていると、隣の澪から「涼」と声が掛かる。俺は警戒しながら澪にじとっとした視線を向ける。
「なんだ?もしかしてまた一口くれ、なんて言ってくるんじゃないだろうな?」
「わあ!一口くれるの?食べる食べる~!」
一口やるなんて一言も言っていないのに、澪は勝手に俺の茶そばと蕎麦つゆをさっと持っていくとずるずると一口食べた。
「美味しい!」
「お前なぁ…」
この前食べ物のシェアは成功させたとはいえ、人に許可も取らずに行儀悪いぞ、と窘めようとすると、「はい!」と今度は澪の抹茶あんみつをこちらに寄越した。
「私のも一口どーぞ!涼の好きな抹茶だよ~」
「ぐ…」
「あ、この前みたいにあーんしてあげた方がいいかな?」
澪はにやにやと口元を緩ませながら、俺の反応をからかうように見ている。
「…自分で一口貰う」
澪のスプーンを奪い取ると、俺は抹茶あんみつを一口口に運ぶ。やっぱり美味いな抹茶は。
この前この行為が間接キスだとか言われて動揺したが、意識したら負けだ。澪は俺をからかって楽しんでいるだけなのだから。
さて、自分の茶そばに戻るか、と思っていると、正面とその隣に座っている椿姫さんと皐月が、俺達二人の様子を見て固まっていた。
そうだった…みんなの前だった……。
今更反省しても、時すでに遅しであった。
絶句していた皐月は「涼…」と呟いたあと、大袈裟に喜びの声を上げた。
「涼!そんなことできるようになったのかよ!すげーじゃん!!「潔癖症」は!?治ったわけじゃないんだよな!?」
「あ、ええと…」
「びっくりしました…。涼くんは食べ物のシェアには抵抗がないのでしょうか?」
皐月と椿姫さんからの好奇の眼差しが物凄く恥ずかしい。なんと説明すべきだろうか。
「あー、まぁ、友人間なら、なんとか…」
そう小声でもごもご呟くと、皐月と椿姫さんは一様に目をきらきらと輝かせる。そして同じように自分の食べていたあんみつをこちらに寄越した。
「俺のも食えよ!」
「私のも良ければ!」
「え?えー……」
そんなうきうきときらきらした目で見られては、非常に断りにくい。二人が嫌でないと言うのなら、貰ってみてもいいのだろうか。二人から貰う分には、俺は然程抵抗はないと思うのだが。
足踏みする俺は戸惑いながらも横に座る澪にヘルプを求める。澪は少し困ったような表情をしてから、「涼なら大丈夫だよ」と俺を安心させるような優しい声色で言ってくれる。
そうだ、俺なら大丈夫だ。今まで澪と一緒にやってきた「潔癖症」克服ミッションを、無駄にしてはならない。今までは他人が食べた物を一緒に食べるなんて考えたこともなかった。しかし、友人達が嫌でないのなら、ここは思いきって有難く頂戴しようじゃないか。二人が俺を汚い者呼ばわりすることは、絶対にないのだから。そう自分を安心させるように言い聞かせた。
大丈夫だ。
俺はこっそりと深呼吸を繰り返して、二人の甘味を一口ずつ口に入れた。
「う、うまいです…」
二人の様子を窺うようにそう呟くと、椿姫さんと皐月は手放しで喜んでくれた。
「よかったです!こうやって同じ物を食べて一緒に美味しいって言えるの、嬉しいです!」
「うおー!なんかこういうのめっちゃ懐かしいな!小さい頃はよくおやつとか取り合ったよなー!」
二人は喜びながら、残りを食べ進める。
何だか物凄く照れ臭かった。
「涼はきっともう大丈夫だよ。そんなに気にしなくても、皆嫌がったりしないよ」
「ああ…」
長い付き合いだった「潔癖症」との別れが少しずつ近付いているのかもしれない。
俺を汚いと言った小学生の彼女の顔が、少しずつぼやけて消えていくようだった。
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