第20話 校外学習➁

 上野駅周辺で美術館、博物館、資料館等を堪能し、ついでにパンフレットなどを貰っていく。これだけ資料があれば、校外学習のレポートは十分そうだ。

 早々に上野を切り上げた俺達は、散策…もとい食い倒れのため、浅草へと向かった。電車で行くと五分とあっという間らしいが、歩いてもそこまで時間が掛からないようなので、のんびり歩きながらの移動だ。

 その間勝山は隙を窺っては、澪に話し掛けていた。傍で聞き耳を立てていたが、特に変な話はしていなかったし、澪も不快そうにはしていなかったので、間に入ることはしなかった。

「涼くん?」

 ひょっこりと俺の顔を覗き込むように、椿姫さんが俺に声を掛けてくる。

「今日は随分とぴりぴりしていると言うか、怖い顔してますね。校外学習、楽しくないですか?」

「あ、いや、そういうわけじゃないんだが…」

 俺が椿姫さんに気を取られている間、皐月はそれにさっと気が付いて、澪にウザ絡みしている。ああ、加藤ちゃんの迷惑そうな顔よ。

「私はすごく楽しいです!こんな風にお友達と楽しく校外学習に行けるなんて、初めてです」

 椿姫さんは完璧美人故、男達は寄ってこれど、女子からはなかなか話し掛けられない対象のようだった。椿姫さん自身も自分からぐいぐい話し掛けていくようなタイプではないようだ。いやでも俺の時はたまたまとはいえ、メッセージアプリのIDまで訊いてきた。これはなかなか踏み込んだ対応のように思う。女子にももっと積極的に話しに行けば、案外友達なんてすんなりできると思うのだが。

「椿姫さんなら、簡単に友達作れると思うぞ」

「そう、でしょうか…」

 俺の言葉に、少し弱気な椿姫さん。

 何か過去に友人関係で困ったことでもあったのだろうか。友達とはいえ、あまり踏み込み過ぎもよくない。話したくなったら自分から話すだろうし。最後にこれだけ伝えておく。

「俺も椿姫さんに声を掛けられて嬉しかったし、みんな喜ぶと思うよ」

 女子だけな。邪な男子は除く。

「そう、なのかな。涼くんがそう言うなら、また少し頑張ってみようかな…」

 椿姫さんはそうはにかむ。

「俺が力になれることはないかもしれないが、まぁ何かあったら言ってくれ」

「はい!」

 意識を少し澪に向けながら椿姫さんと他愛もない話をしていると、つんっと椿姫さんが何もないところで躓いた。

「わっ」

 咄嗟に支えようと手を伸ばしたが、急に身体が固まって、俺は椿姫さんを支えることができなかった。しかしナイスタイミングで皐月が彼女の身体を支えた。

「おっと、危ない」

 その二人の様子は、美男美女とあってとても絵になった。少女漫画の一コマみたいだ。

「あ、ありがとう、辻堂くん」

「どういたしまして」

 申し訳なさそうに頭を下げる椿姫さんに対して、にっと爽やかスマイルを浮かべる皐月。

 そんな二人の様子を見ながら、俺はショックを受けていた。

 ああ、やっぱり俺はまだ「潔癖症」なんだ。そう痛感した。

 椿姫さんを助けることができなかった…。

 最近澪との克服練習でうまくいってばかりいたが、実際はやっぱりまだ克服なんかできていなくて、椿姫さんを支えようと手を伸ばしたら、身体が動かなくなった。彼女に触りそうになった瞬間、彼女に汚いと思われたらどうしようと恐怖心が身体を支配した。

 皐月がいなかったら、彼女は怪我をしてしまっていたかもしれない。自分の情けなさに、心底腹が立った。

「椿姫さん、ごめん…」

「え?どうして涼くんが謝るのですか?私がただ勝手に躓いただけですよ?」

 椿姫さんは照れたようにそう言ってくれる。

「いや、皐月がいなかったら、俺は椿姫さんに怪我をさせていたと思う。支えられなくてごめん…」

「あ…」

 俺の言葉を理解したのか、椿姫さんは慌てて首を横に振った。

「謝らないでください!私が勝手に躓いたのですし、この通り!私は一切怪我をしていません。だから涼くんが落ち込むことなんて全くないです!」

 それでも俺は、過去に捕らわれてばかりいて、友人すら助けることのできない情けない奴なのだ。

「ありがとう、椿姫さん」

「あの、ですから私は何ともなくて…!」

 同じような問答をし続けていた俺達はどちらともなく笑ってしまった。

 それが落ち着くと、椿姫さんは俺の様子を窺うように尋ねてきた。

「あの、涼くん」

「ん?」

「聞いていいのか分からないのですが…涼くんって、いつから綺麗好きなのでしょうか?」

 そういえば椿姫さんには、俺が「潔癖症」になった経緯などは話していなかった。隠しているわけではもちろんないが、友人なのだし彼女にも話してみていいだろうか…。引かれるだろうか…。

「実にかっこ悪い話なんだが……、」

 俺はそう前置きして、俺が「潔癖症」になった経緯を椿姫さんに話して聞かせた。

 俺の話を聞き終わった椿姫さんは、「そうだったんですね…」と悲痛な声を上げた。

「あんまり気に止まなくていいからな。もう随分前のことだし」

 そう努めて明るく付け加える。優しい椿姫さんのことだ。俺を思って胸でも痛めるようなことになりかねない。

 悲しそうに眉を下げていた椿姫さんは、「あれ?」と言って首を傾げる。

「では涼くんは、中学生の時はもう「潔癖症」だったんですよね?」

 小学五年生の事件以来、「潔癖症」と付き合って生きている。中学生の時にはもう除菌しまくっていたはずだ。

「そうだが?」

 椿姫さんが何に疑問を持ったのか分からない俺は、彼女と同じように首を傾げる。

「じゃあ、中学生の涼くんは、無理をして私を助けてくれたのですね」

「え…?」

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