第19話 校外学習
校外学習の日の朝。いつものスクール鞄に除菌類を詰めこみ、校外学習のしおり、綺麗に畳んだブレザーを突っ込む。そして今日を無事に何事もなく過ごせるよう、気合も入れる。
「よし!」
校外学習の集合場所は、上野公園に現地集合となっていた。
俺がちょうど玄関から出ると、向かいの家から澪が出てきた。
「涼!おはよっ!」
「おはよう」
澪も今日は暑くなると判断したのか、カーディガン姿だった。鎖骨の辺りにふんわりとかかるブラウンの髪が、心地よい風に揺れる。
何だか今日の澪はやたらと可愛く見えるような…?
「校外学習楽しみだねー!仲見世通り、調べてみたんだけどどこのお店もめっちゃ美味しそうだよ~!」
そうにこにこと楽しそうに横を歩く彼女を見て、ああやっぱり俺は澪が好きだなぁと思った。
澪の明るいところ、自分の意見をはっきり言えるところ、情けない話だが、精神的に弱い俺を支えてくれるところ。
俺は、澪に背中を押してもらってばかりの情けないやつだと改めて思う。
しかしそんな俺でも今日は、大事な幼なじみを絶対に守らなくてはならない。
世間的にはゴールデンウィーク中日とあって、電車は比較的空いていた。普段なら多くの社会人や学生でぱんぱんになっている時間帯のはずだが、誰かに触れることのないくらいにはスペースは確保できていた。それでも一応人にぶつかられないよう、なるべく人の乗り降りの激しい乗車口は避ける。
しばらく電車に揺られていると、俺達と同じ制服姿の生徒を何人か見掛け始めた。勝山と遭遇しませんようにと願いつつ、澪を乗車口から見えないように俺が壁になった。
俺がきょろきょろとし始めたことを不審に思ったのか、澪が小さな声で尋ねてくる。
「涼、大丈夫?辛かったら一度降りるよ?」
「潔癖症」故、人に触れたくない俺は、普段電車移動を避けていた。仕方なく乗る羽目になってしまったので、澪は俺が精神的にしんどいのではないかと心配してくれたのだろう。
「あ、いや、大丈夫だ」
周りを警戒しつつ、俺は適当に返事をする。すると、目の前の澪が上目遣いでこちらを見上げ、不服そうに口を尖らせた。不満そうな顔もなんだか可愛らしい。
「もしかして、…誰か探してる?」
「え?」
「椿姫ちゃんとか…?」
「なんでそこで椿姫さんが出てくるんだ?」
「だって…」
「そもそも椿姫さんは家の方角が真逆だから、俺達とは電車違うと思うぞ」
「へ?」
きょとんとした顔で固まる澪に、俺が気が付くことはなかった。
「なんで家のこと知ってるの…?もしかして、もう家に行ったことあるとか…?」
何か小さく呟いていたような気もするが、俺の耳には届かなかった。そんなことより、勝山のことで頭が一杯だ。澪に嫌な思いは絶対にさせたくない。
「おーっす!涼!澪!」
集合場所に到着すると、皐月と椿姫さんが待っていた。
「はよ」
適当に挨拶をしながら二人の元へと集合すると、「おはようございます」といつも通り丁寧なご挨拶を椿姫さんからいただいてしまった。改めて、「おはよう、椿姫さん」と頭を下げる。
椿姫さんにしては珍しく、今日はポニーテールだった。毛先は相変わらずくるんと巻かれている。風に揺れるポニーテールに、綺麗なうなじが覗く。
ちらちらと男子の意識がこちらに向いている。毎日毎日仲も良くない、なんなら知らない生徒達から見られて、彼女も大変な日常を送っていそうだな、と思った。
「皐月」
俺が呼び掛けると、皐月は「分かってるって」とウインクしながら、ぐっと親指を立てて見せた。
皐月とは昨日の夜に電話で、勝山との一件を伝えていた。
勝山が澪を狙っていること。もしかしたら椿姫さんも危ないかもしれないから、見ていてあげてほしいこと。加藤ちゃんは…何だが強そうな女子なので、ひとまず様子見だ。
勝山が普通にいい奴で、純粋に女の子を大切にするような奴なら、俺もここまで警戒しないだろう。しかし昨日のやり取りから彼が下卑た野郎だと言うことが分かったので、俺の大切な友人達に嫌な思いをさせないため、皐月とタッグを組んで警戒にあたることとした。まぁ、校外学習とはいえ授業の一環なのだから、早々変なことはしてこないと思うが。
「おはよう、みんな」
手をひらひらとさせながら、勝山と加藤ちゃんがやってきた。
俺と皐月は目配せし、ミッションのスタートを確認する。
「おっし!六班、全員集合だな!先生に点呼の報告してくるから、えーっと、澪!付いてきてくれ!」
そう皐月が澪を早速勝山から引き離そうとする。しかし何も知らない澪は、怪訝そうに眉を顰めると、皐月の誘いをいともたやすく断った。
「え、やだよ。皐月くん一人で行きなよ」
「はー?付いて来いよ、そんな冷たく断るなよ」
皐月はしょんぼりと肩を落とす。そんな皐月の様子を見かねたのか、おずおずと椿姫さんが名乗りをあげた。
「辻堂くん、私で良ければご一緒しますけど…」
しゅんと項垂れていた皐月が、ぱっと顔を上げる。
「マジ!?ありがとう!北白河さん!」
「い、いえ…」
「北白河さん、超優しいな!これからは、つばきちって呼ぶわ!」
「つばき、ち…?」
皐月の言葉に戸惑いながらも、椿姫さんは一緒に餅月先生のもとへと向かった。戸惑っている椿姫さんに申し訳なく思いながら、その後ろ姿を見送る。
皐月は距離の詰め方がおかしいんだよな。女子にもああとは思わなかったが。
やれやれと思いながら、意識を残されたメンバーに戻す。
「皐月くんどうしちゃったの?点呼の報告くらい一人で行けるじゃん」
澪が口を開くと、すかさず勝山が言葉を挟む。
「うんうんそうだよな。一人で行けるよな。ところで桜坂さんは、辻堂と仲良くないの?」
「え?別にそういうわけじゃないけど…」
「澪は皐月とめちゃめちゃ仲良いよな!!なんてったって幼なじみだしな!」
俺らしからぬテンションで口を挟んだせいか、三人の視線が一気に俺に刺さる。
「どうした藤沢?」
「涼、どうしたの?大きな声出して」
「藤沢うるさい」
勝山、澪、加藤ちゃん、それぞれの一言コメントを受け止めつつ、澪にそれとなく合図を送る。なんとか俺の目力で気付いてもらえないだろうか。こいつと仲良くなるな、話を合わせてくれ~伝われ~。
俺が澪をじーっと見ていると、何故か頬を赤らめた澪はぱっと視線を外してしまった。
くそっ、なんでだ…。
俺達のやり取りを見ていた勝山は、また懲りずに澪に話し掛ける。
「桜坂さん、俺も澪ちゃんって呼んでいい?」
「えー、やだけど」
人の好さそうな笑顔で、澪はさらっと勝山のお願いを断った。よしよしナイス澪。
何故か俺がギロリと勝山に睨まれたが、そもそも俺はお前に協力するなんて一言も言っていないからな。
「おっ待たせー!」
そうこうしているうちに、皐月と椿姫さんが戻ってきた。
「点呼確認できた班から移動していいってよ、まずは美術館、その後博物館だな!よーし!六班!出発進行―!!」
「おー」
テンションの高い班長、皐月の元、俺達も適当にノリを合わせて歩き出す。
面倒な班員に気を掛けながら、俺は澪の隣に並んだ。
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