第12話 side澪
今日はお菓子部の活動日!
作ったお菓子や持ち寄ったお菓子を食べながら、ゆったりとお喋りをするだけのゆる~い部活動。週二回と活動は多くないので、兼部している人も多いみたい。
その中の一人が私、桜坂 澪。二年生の副部長である。
料理やお菓子作りは小さい頃から好きで、休日はよくお母さんと一緒にケーキを焼いたりするんだ。
高校生になって、特に部活動に青春を捧げるつもりはなくて、女子高生らしく、恋をして彼氏作って、放課後デートなんかできたらいいな、と思ってたんだけど…。
彼氏にしたい人とはなんの進展もなくて、なんなら彼は放課後さっさと帰宅しちゃうし、遊ぶ隙が全くないので、仕方なく暇つぶしにお菓子部に入部した。もともとお菓子作り好きだったし、いつ放課後の予定が出来てもすぐ空けられるゆるい部活だし。
そんな感じで私はこの部に席を置いている。
昨日だって今日だって、本当は彼と過ごしたかったんだけどな…。
私はもうずっと幼い頃から、藤沢 涼に片想いをしている。
家が向かいで、物心つく頃にはすでに彼は家族のような存在だった。両親も仲が良く、公園でよく一緒に遊んだっけ。その公園で知り合ってしまったのが、私のもう一人の幼なじみである、辻堂 皐月。彼のことは好きでも嫌いでもないけれど、彼がいなければきっと今もずっと涼と二人で過ごせていたのになぁ、と思うことは多々ある。皐月くん悪い子じゃないのは分かってるんだけど、涼にべったりなのが当時はとても気に食わなかった。今もちょっとそうかもだけど。
涼は小さい頃は今よりも快活で、よく友達と外で走り回っていた。
当時人見知りの激しかった私を、みんなの輪に入れてくれたのは涼だった。
一人でうじうじとなかなか声の掛けられない私を、涼はいつも手を引いてみんなの輪に入れてくれたんだ。
そのおかげで私はたくさん友達が出来たし、今もこうして色んな人達と話が出来るようになった。
それからは私も二人と一緒になって公園で鬼ごっこをしたり、虫取りなんかしたっけ。小学生になっても、それは全く変わらなかった。
私達三人は何をするにも、いつも一緒だった。
最初は明るくて優しい涼に憧れてた。
涼のことが好きなんだ、恋してるんだって自覚したのは、何年生の頃だったかなぁ。
きっともう高学年になる前には、涼のこと意識していたのだと思う。
そんな折、あの事件が起きた。
小学五年生のことだった。
涼がやけに落ち込んでいたのを、皐月くんが気が付いて、私を呼んでくれた。そこで涼の身に何があったのかを知った。そのこと自体も酷い話だと思ったけれど、私が一番ショックだったのは、私の知らないところで涼が恋をし、好きな女の子ができていたことだった。
どうして私じゃないんだろう?
そう漠然と幼心に思ったことを、今でも鮮明に憶えている。
どうしてこんなに毎日一緒にいて、一番仲の良い私じゃなくて、他の女の子を好きになったんだろう?どうして…?
そんな自分勝手なことばかりを考えていて、彼の変化にすぐには気が付けなかった。
ふと気付くと涼は異常なほどに、やたらと手を洗ったり、除菌をするようになっていて、他人に触れることを極度に恐れるようになっていた。
涼を振ったあの女のせいで、彼はすっかり変わってしまったのだ。
小さい頃みたいに気軽に外で遊んでくれなくなったし、互いの家でゲームをすることもなくなった。涼のご両親は仕事で家を空けることが多く、よくうちでお泊りもしていたのに、それすらもできなくなってしまった。
涼との楽しかった何もかもが、奪われてしまったのだ。
腹が立った。あの女のせいで、涼が変わってしまった。あの女に爪痕を残されたような気がして、更に腹が立った。
それは高校二年生になってもずっと変わらなかった。
涼は相変わらず「潔癖症」で、除菌することで心の安寧を図っていたし、涼がそれで心穏やかに過ごせるのなら、以前みたいに遊べなくても、私は我慢しようと思った。涼の隣にいられれば、それでいいと思ったから。
それなのに、また涼が選んだのは私じゃなかった。
北白河 椿姫。学年、いや学校一美人なのではないかと言われるほど、綺麗な女の子だった。
「よりよってなんで北白河さん!?絶対勝ち目ないじゃん!!!」
彼女にメッセージアプリのIDを訊かれた、と涼から聞かされた夜、私の心はかなり荒れた。
彼女からわざわざ訊いてくるなんて、絶対好意あるじゃん!涼のこと好きじゃん!女子が興味のない男にID訊くわけないもん!
どこに接点があったの?涼は私の知る限りいつも一人だし、下校時も自転車でさーっと帰ってしまうし。いつそんな隙があったの?
「あーあー」
私はまた失敗してしまった。涼が恋に臆病になっていることに油断していた。きっと涼は暫く、女の子と接点を持たないと思っていたから。
「もう形振り構ってられないよね!」
そう振り切りまくった私が提案したのが、「潔癖症さよなら大作戦」だった。
表向きは、涼が北白河さんへの恋に踏み出せるよう、「潔癖症」の緩和を目指す。
本当の目的は、「潔癖症」の克服の練習のために、私と過ごす時間を増やして、且つ、涼がドキドキするような克服ミッションで私を女の子として意識してもらう!
涼の「潔癖症」が治ろうが治るまいが正直どっちでもいい。私を意識してもらえればなんでもいいのだ。
そのためにこっそりえっちなミッションも記載しておいた。もしそこまでいけたら、私としてはかなり最高だけど、涼が少しでも私を意識してくれて、私に触れたいと思ってくれたら、それはもう私の勝ちだと思っている。
ちょっと大胆過ぎたかもしれないけど……。
ううん!弱気になっちゃだめ!北白河さんよりも早く、私の方がいい雰囲気になってやるんだから!
そう意気込んでいるのに、昨日も今日も「潔癖症さよなら大作戦」はお休み。今日に至っては、北白河さんとの勉強会があるなんて…。
いやいや焦ってはだめよ、澪。涼に嫌われたら元も子もないのだし。慎重にいかなくては!
この前の、ブレザーを貸す、の項目は結構いい線いってたと思ったんだけどなぁ。
涼にとって自分の物を他人に貸す行為は、かなり精神的に負担があったと思う。けれど、私がブレザーを触っても、あまつさえ羽織っても、案外大丈夫そうに見えた。
その後の挙動が少しおかしかったから、もしかしたら、ちょっとストレスになっちゃったのかもしれないけど…。
でも絶対確実に前に進めていると思う!涼の「潔癖症」も許容範囲が増えてきたように思うし、こんな可愛い幼なじみと一緒に過ごせて、涼も嬉しいに違いない!うんうん!
もう一歩、涼に意識してもらえるような何かがあればいいんだけどなぁ…。
それにしても、この前の涼のブレザー、めちゃめちゃいい匂いしたなぁ~。涼の落ち着く匂いというか、なんだか懐かしい匂いがした。また羽織らせてほしいなぁ~。
「えへえへ…」
部活中だと言うことも忘れて、妄想に耽ってしまった私から変な笑い声が漏れる。
それを目撃してしまった先輩が、私の頬っぺたをつんっとつついた。
「こら~桜坂~次のメニュー考えたの~?」
「え!」
「次何作ろっかぁ?って話、してたでしょうが」
「あ…!えーっと、えへへ」
「まったくもう!」
先輩はぼーっとしていた私に少し呆れながらも、本気で怒っているわけではないようだった。ゆるい部活なので、先輩も後輩も仲が良い。
「じゃあ各自思い付いたらグループメッセージに報告ね」
「はーい」
そんな感じで今日もゆるっと部活動が終わる。あとの時間は雑談に興じたり、兼部している子は他の部活に顔を出したり、帰宅してもよし。私は何か図書室でお菓子の本でも見て行こうと思い、一人図書室に向かうことにした。
今日は涼が北白河さんと図書室で勉強しているはずだ。こっそり様子見しよう。
北白河さんとは今年初めて同じクラスになった。とても綺麗な子だとは思うけれど、普通に普通の女子高生だ。まぁ、ちょっとお嬢様っぽいところはあるかもだけど。
話してみると気さくで優しくて、接しやすい。とてもいい子というイメージ。
涼のことをどう思っているのかははっきりとは分からないけれど、好意はあるのだろう。今度それとなく訊いてみようかな。
涼は北白河さんにどんな風に接してるんだろう。私に対してと違って、物凄く女の子扱いしていたりするのだろうか…。
あーもう!この二人のことを考えると、もやもやが止まらない!
図書室に到着して、ゆっくりとドアをスライドさせる。なるべく気が付かれないように二人の様子を覗けたら。
「失礼しまーす…」と誰に言うでもなく口の中で呟く。
本棚に隠れつつ静かに図書室内を移動していると、奥の学習スペースに二人の姿を見付けた。
いた!
何か話しているかなと耳を澄ませていたけれど、話し声は全く聞えない。真面目かっ!と本棚の隙間から二人をこっそりと覗く。どうやら北白河さんは眠ってしまっているようだった。その隣で涼が何やらそわそわしているような気がする。
何してるんだろう?
そう不審に思いながらも見つめていると、彼は自分のブレザーを脱いだ。
それを眠る北白河さんにそっと掛けようとしている。
え……嘘。
それはまさに一昨日、私とした「潔癖症さよなら大作戦」で克服した、「ブレザーを貸す」行為だった。
「やめて………」
どうして…どうして私じゃないの…?
私の頭の中に、何度も巡っていた疑問が再びぐるぐると回りだす。
私は、私は、また間違えたの?
止めてよ、私以外の女の子にブレザーを貸さないで!!
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