第5話 事情聴取
翌日の昼休み。
俺は澪に屋上へと連行された。そこには皐月もいて、彼は早々に昼飯の焼きそばパンを齧りながらのんびりと座っていた。
「よ!涼」
「よ、じゃねえよ。なんだよ屋上なんかに呼びつけて」
屋上だって誰が踏みつけたかも分からない地面だ。地べたに座ることは精神的にできない。面倒だが、俺は常備している一人用のレジャーシートを敷いた。そこに腰を下ろして、手指を除菌し、弁当を広げる。
「よんはのはおれひゃねえよ」
「あ?なんだって?」
皐月がもぐもぐと焼きそばパンを食べながら返事をするものだから、全く聞き取れなかった。
「だから、呼んだのは俺じゃねえよ、って」
口の中のものを飲み込み、コロッケパンへと手を付ける皐月。
皐月が呼んだのではないのなら。
「澪か」
俺をここに連れてきた張本人。
澪は俺と皐月の間にどかっと腰を下ろした。ひらっと揺れた短いスカートから、ピンク色の何かが見えたような気がする…。女の子座りで、腕を組んでいる澪の表情はやけに険しかった。
その険しい表情は俺へと向けられる。
「涼、なにか私達に報告することはないかね?」
「報告?」
なにかあっただろうか。澪と皐月に報告するようなことなんて。俺は思考を巡らせ、一つ思い出したことを口にする。
「あ、そういや昨日、アニ森でシーラカンス釣ったな」
「え!?シーラカンス!?雨の日にしか釣れないんだよね!?すごいじゃん!!」
大好きなゲームの話に食いついたように思われた澪だったが、
「そうじゃないしっ!!」
と見事なノリツッコミを披露した。
「おおー」と俺と皐月が澪のノリツッコミに拍手を送る。
「そうじゃないでしょ!涼、昨日北白河さんと勉強したんでしょ!?どうだったのか、その報告もらってない!」
ああ、なんだ、そのことか。というか、いちいち澪と皐月に報告しなくてはいけないのか?
「お、それ俺も聞きたい」と皐月まで前のめり気味である。
報告と言っても、特に話すようなことはないのだが。
ひとまず何が聞きたいのかようわからんので、一部始終を簡潔に話してみる。
「とまぁ、そんな勉強会だった」
話を締めくくると、「なんかすげーいい感じじゃん!」と皐月はざっくりとした感想を寄越した。
「わざわざ除菌液なんて買ってくるか普通!?北白河さん、めっちゃいい子!」
そう言った皐月の腕に、澪が軽くパンチをお見舞いする。
「いてっ」
「いい感じって、何それ全然よくないよ!」
澪の言葉に、俺と皐月は顔を見合わせる。皐月は何かに気が付いたように、「あーそっかそっか」と一人で納得していた。
「なんだよ?」
「いや?」と謎の笑いを浮かべて、その後は特に何かを言うつもりはないらしい。
皐月から訊けないのなら、直接澪に訊くしかない。
「澪どうした?今日はなんか変だぞ」
澪は何かを言いたげに口を開いては止め、それを何度か繰り返していた。ますますわけが分からない。何にご立腹なんだ。
痺れを切らしたのか、皐月が浅くため息をついた。
「涼くんに俺達以外の親しい友人が出来そうで寂しいんだよなぁ、澪ちゃんは」
「なっ」
「そうなのか?」
「そうなのそうなの。しかもその相手が学年一美人の北白河さんときた。そりゃ澪ちゃんも焦るってもんですわ」
そう話した皐月を睨んだ澪は、ぷくっと頬を膨らませながら、皐月の腕をぽこぽこと殴りつけていた。
「もう皐月くんほんとやだ!これだからデリカシーなくて女の子にモテないんだよ!」
「おいやめろ!自分の保身のために俺を傷付けるな!また泣いちゃうだろうが!」
そんないつも通りの二人の様子を、俺は改めてじっと見つめていた。会話の内容よりもその行動に目がいってしまう。
澪は平気で皐月を殴るし、皐月も皐月で、そんな澪の腕を掴んでやめさせようとしている。
ああ、お互いなんの躊躇いもなく触れることができるんだな…。
そんな他人にとって当たり前のことが、どうして俺にはできないのだろう。
普段なら特に気にしないことだと言うのに、昨日北白河さんと接してしまったせいか、そんなことを考えてしまっていた。
「涼?」
黙ってしまっていた俺に、心配そうに声を掛けてくる澪と皐月。
「ああ、いやなんでもない」
俺は自分の考えを振り払うように、二人をからかってやる。
「相変わらず仲いいよな、お前ら。付き合えば?」
「「馬鹿言うな!!」」
…息ぴったりじゃないか。
ギャーギャー騒いでいる二人を、やれやれと見ながらも、何かが引っ掛かるような気分は拭えなかった。なんだか喉に魚の小骨が刺さっているような、ちょっとした違和感。
結局二人が騒いでいるうちに予鈴が鳴ってしまい、俺達は慌ててお昼ご飯を食べた。
皐月が「食後のオレンジジュースがないと午後の授業がしぬ!」と謎の言葉を残して、慌てて一階の自販機に走るのを見送った後。
「さ、俺達も教室に戻るぞ」
そう澪に声を掛けると、「涼、ちょっと話したいんだけど」と引き留められた。
「なんだよ、もう授業始まるぞ」
「そうなんだけど、ちょっとだけ!」
澪が言っても聞かないことは小さい頃からよく知っている。俺は浅くため息をついて彼女に向き合う。
「分かった。何?」
すると澪は俺の目を真っ直ぐに見つめた。くりっとした澪の瞳が、俺の心を見透かそうと覗き込んでくる。
「涼、北白河さんのこと、好きになっちゃった?」
「は?」
「北白河さん、美人でスタイルも良くてめちゃめちゃ優しいんだよ?」
急になんだ?まぁ、確かにそうだけど…。
「そんなの、涼だって好きになっちゃうんじゃない?」
美人でスタイルも良くて優しい。そんなの、男だったら誰だって好きになってしまうかもしれない。
それに彼女なら、俺の「潔癖症」を理解してくれるかもしれないのだ。
北白河さんと仲良くなって、好きになって、もし恋人になれたら、きっとそれはものすごく幸せなことだろうと思う。
けれど。
「澪だって知ってるだろ?」
けれど、そう簡単に前に進むことができたら、苦労なんてしていない。
「俺が「潔癖症」になった理由」
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