EPILOGUE
UNDEAD IDOL
ライブから一週間が経った。
彼女は本当に不死身なのではないかという陰謀論も──事実だが──出始めている。一部のメディアがどこから情報を得たのか知らないが、現場に夥しいほどのアリスの血が残されていたことを報じたためだ。
途中で終わったもののライブの評判自体も悪くなく、動画からのアリスの成長を感じたという声や配信のアーカイブを求める声も多い。
しかし、厳しい批判も多く寄せられている事実も無視できない。その原因は百合色の死に他ならない。FDが仲間割れしたから生き残れただけで、そうでなければ命を落としていたのではないかという声が上がっている。また、死んだメンバーがアリスの友人だったという事実も知れ渡り、これまでのことは話題作りのためのマッチポンプだったのではないかという意見まで出る始末だ。
いずれにせよ、これまでは時柴に集中していた批判が、アリスにも飛んでくるようになったのは間違いがなかった。
しかしそれも、好意的に見るならば、時柴十三がプロデュースしているアイドルという認識から、アイドル君乃アリスという認識に改められたということでもある。
動画投稿サイトや公式SNSではライブ以来、アリスの言葉も時柴の言葉も発信されていないのだ。二人の動向は今、世間から最も注目されていると言ってもおかしくない。
レツとクイナは時柴プロダクションが入っている雑居ビルの屋上にいた。アリスを自宅からここまで送り届け、中は埃っぽいので外に避難しているのだ。
給水タンク背中を預けながらスマートフォンを見ていたレツが呟く。
「一部のメディアが、君乃アリスが本当に不死身なのではないか、なんて記事を出してきたときはどうなることかと思ったが、どうやら大半の人間は相手にしていないようだな」
「当然と言えば当然だけど、ほっとしたわね。君乃さんは本物の不死身だと、あのMVを見た者全員が認識してしまったら、理の乱れは凄まじいことになるでしょうからね」
クイナがたこ焼きを片手に呟いた。事象を観測した者が多ければ多いほど理が乱れると、教典には記されている。しかし、観測した者がそれを真実であると考えなければ、乱れは抑えられるのだ。アリスが不死身だと真面目に考えている者が少ないという事実は、彼らにとって不幸中の幸いであった。
クイナは床に置いていたバナナシェイクを飲んだ。
「FDの連中も、あれから動いてないみたいね」
「そのようだな。単に標的がいないだけかもしれないが……。まあ当分は君乃さんを狙わないようだし、その点は助かるよ」
二人はしばしの間黙り込む。脳裏に流れているのはあのライブの光景だ。何度殺されても、その度に立ち上がりパフォーマンスを続けるアリス。悪趣味を通り越したような時間だったが、二人はこれまで見たこともない光を彼女から感じた。
「クイナって、FDが出てくるまでの君乃さんのライブを見ていたのか?」
レツがふと思い出したかのように尋ねる。クイナは首を横に振り、
「見てるわけがないでしょ。周りを警戒していたもの。レツは……外にいたわね」
「ああ。……あのライブは、何だったんだろうな」
「凄かったけど、まともじゃなさすぎたわね。理乱れまくりだし」
「本当にな。あのライブだけで一体、どれだけ世界が混沌に近づいたか……」
二人はため息を吐いた。再びレツが口を開く。
「今度は……理の乱れない、普通のライブをやってもらいたいものだな」
「そうね……。普通のライブならいくらでも……」
どういう意図でその言葉を放ち、その返事をしたのか。お互いの言葉の意味も、自分の言葉の意味さえも、二人にはわからなかった。
◇◆◇
「ああ……疲れたー」
アリスはソファに座りながらテーブルに突っ伏した。時柴は無表情でコーヒーメーカーの前に居座りながら、
「今日でテストの補習が終わったんだよな?」
「はい。まさか休日返上することになるとは……」
ライブに向けて無理をし過ぎた結果、アリスは中間テストをばっくれた。世間がアリスのライブのことで騒然としている間、アリスは高校生活最大のピンチを迎えていたのだ。
「そろそろ何かしら発信した方がいいですよね」
アリスは上体を起こしながら言った。時柴はこくりと頷き、
「そうだな。いい具合に注目も集まっている。肝心なのは何を発信するかだが……」
「普通にライブでやった新曲のMVを一曲ずつアップしていきましょうよ」
「決意表明とかはしなくていいのか? 世間はお前と百合色の関係に興味津々なようだが」
「必要ありません。MVをアップすれば私のやる気は伝わるはずですから」
ネットではアリスはアイドルを辞めるつもりなのではないかという説まで出ている。お気持ち表明をするより、楽曲のMVの方がインパクトはあるかもしれないと時柴も思った。
「それでいくか。……ここからが本番だ」
時柴はコーヒーを手にアリスの向かいに座る。
「もう炎上だけじゃ伸びない領域に入っただろう。ファンが一人犠牲になり、お騒がせガールからアイドルにランクアップしたからな」
「わかってます。アイドル暗黒時代を終わらせるには……進藤レイラを超えるには、もっと成長しなきゃいけないって。……それでなんですけど」
アリスは時柴を真っ直ぐ見つめた。
「十三さん。仮契約を破棄して、正式に私と契約してください。もう逃げ道は不要ですから」
時柴は眉をひそめた。
「仮契約……? ああ、そういえばそんなこと言っていたな」
「なっ! 忘れてたんですか⁉」
ずっこけるアリスだったが、ライブのときに彼がジンガへ向かって逃がす気はないと言っていたことを思い出す。
時柴はコーヒーを飲みながら脚を組んだ。
「最初から手放す気はなかったからな。後戻りできない状況を作り上げて逃げられなくするつもりだったんだが、まさか自分からその状況に飛び込むとは思わなかったぞ」
アリスは何となく釈然としなさそうに顔をしかめる。社会人とは、大人とは思えない対応をされている気がするが、失望するには今さらすぎるだろう。それに、自身を完璧にプロデュースしてくれる者はおそらくこの男しかいないのだから。
時柴はパソコンを取り出すと、カタカタと打ち込み始める。
「契約内容を更新するか。……お前には俺にとっての理想のアイドルとなり、新たなアイドルの時代を創ってもらう」
「十三さんは私を進藤レイラをも超える、最高のアイドルにしてください」
二人は頷き合った。時柴は一旦コーヒーを手に取る。
「FDは今回の件で少しは大人しくなってくれそうだが、そうなるとFDが疑似的な蓋となっていたために静かにしていた連中が動き出すだろうな。……推しを必ず殺すストーカー殺人鬼『
「前途多難とはこのことですね……」
アリスは苦々しい顔で呟いた。アイドル暗黒時代を照らすまでの道のりは長い。そもそも、そんな道が本当にあるのかもわからない。しかしその暗闇の中を歩くという二人の意思は揺るがない。
時柴はパソコンに向き直る。
「契約期間はどうする?」
「よくわからないんですけど、普通はどのくらいなんですか?」
「一年か三年、十年とかだろうな」
「ふぅん。そんな感じなんですね……」
アリスは興味深そうに頷くが、答えはもう決まっていた。
「じゃあ、期間は『死ぬまで』でお願います」
にやりと笑って答えるアリスに、時柴も珍しく人の悪い笑みを浮かべる。
「なるほど。死んだら契約終了か。そりゃあそうだ。……果たしてどっちが先に死ぬのやら」
呆れる時柴にアリスは右手を差し出した。
「改めて、よろしくお願いします。十三さん」
時柴は血色の悪い手で彼女の手を握る。
「ああ。今後はさらに容赦なくいくから、頼むぞ」
「お、お手柔らかに……」
不死身のアイドルと悪魔のごときプロデューサー。これはイカれた奴らのアイドル譚の、ほんの序章に過ぎない。
アリス:DEAD END 赤衣カラス @nu48
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