行き先

「リリの奴、笑ってやがるぜ……。最後の最期にただのアイドルファンに戻ったか」

 血のステージに上がり、百合色の亡骸を確認したジンガが心底羨ましそうに呟いた。ゴエモンは壁に背中を預け、スマートフォンの画面を見ている。

 ジンガは信じられないほど血まみれのアリスとステージを見回し、時柴に顔を向けた。

「どうでもいいが、この血はどうやってごまかすつもりだよ」

「お前らに気を失わさせられて、目が覚めていたらこうなっていたとゴリ押す。前もそれでどうにかした」

「俺たちに変なもんまで押しつけてくんじゃねえよ。まあ血の持ち主が無傷ならどうにかなんのか……。どっちかというと問題は、リリの方だけどな」

 ため息を吐いたジンガはアリスと向き合った。

「あの怪物のことは流石に警察には話せねえだろ。リリは俺たちが日本刀で殺したことにでもしとけ」  

 アリスは目を見開いた。

「いいんですか、そんなの……」

「今さら一つ罪が増えたところで変わりゃしねえよ。お前らが何も言わなくとも警察が素性を調べたらリリが偶像堕としフォーリンダウンだったのは発覚するから、仲間割れだと思われるはずだ。俺たちが仲間割れした理由でも考えとくんだな」

 そっぽを向きながら吐き捨てるジンガ。アリスは百合色の遺体を見下ろし、自身の髪から赤く染まったウサギの髪飾りを外した。

「正直に言いますよ。ユリちゃんは私の友達で、私のファンで……私を庇ってくれたって」

「正気か?」

 ジンガは顔をしかめた。

「アイドルがファンに庇われた……それで死んだのがテロリストだとしても、世間にそれが知られたらお前は──アイドルという檻に閉じ込められるぞ」

 アリスは真っ直ぐジンガを見つめたまま何も言わない。

「俺に言わせりゃ、正直リリは無駄死にだ。お前は不死身なんだからな。だがそれを知らない世間からしたら、お前の命はリリに救われたことになる。そんな業を背負っちまったら、もうどこにも逃げられない。文句と期待に雁字搦めにされて、アイドルとして狂い死ぬしかなくなる……いや、死なないお前にはそれも無理か。つまるところ──」

 デッドエンド。八方塞がり。道はなし。

 ある意味では、死んで存在が肥大化した進藤レイラよりも詰んだ状態だ。

 アリスはこくりと頷いた。

「覚悟はしています。だけど、ここで逃げたら本当にユリちゃんの死が無駄になってしまう。……確かにユリちゃんはたくさんの人を傷つけてきましたけど、私は今まで彼女の言葉に救われてきましたから」

「そもそもだ──」

 ステージに上がってきた時柴がアリスの隣に並び立つ。

「俺が端からアリスを逃がす気などない。お前に心配される必要など毛頭ないわけだ」

 ジンガはその抑揚のない声に不快感を露わに舌打ちをした。

「ジンガ。仲間からの連絡だ。食い止めていた警察がもうすぐこっちへくるらしい」

 ゴエモンがスマートフォンをしまいながら呼びかけた。ジンガは頷くと二人に背を向けて彼のもとへと向かっていく。

 ステージの下にいるクイナが首を傾げた。

「いいの、逃して?」

「どのみちお前らじゃ勝てないだろう」

 時柴の冷たい反論にレツとクイナは顔を歪めることしかできない。

 すると、アリスがもどかしそうな表情でステージの縁まで走り、

「ジンガさん! もうFDの活動、やめにしましょう?」

 ジンガの足が止まった。

「私には貴方の気持ちがわかるなんて言えません。でも──」

 百合色の亡骸をちらりと見て、

「大好きなものを壊すのが、とても辛いことはわかります。……あのペンライト捌き、アイドルのことが大好きなんですよね。レイラさんがいなくなった、今も」

 ステージの上から見たジンガの描くペンライトの軌跡はアイドルを愛していなければ不可能な軌道をしていた。初めて聞くはずのアリスの曲に完璧に合わさっていたのだ。アイドルが嫌いな人間にそんなことはできない。

 ジンガは苛立たしげに返す。

「じゃあ、レイラはどうすりゃいいんだよ……。俺はあいつの魔法を解いてやらなきゃ──」

「私に任せてください!」

 その言葉にゆっくりと、ジンガはアリスを振り向く。不安と自信が入り混じりつつも、確かな決意を秘めた顔があった。

「私がレイラさんを超えるアイドルになります! 進藤レイラの話題を君乃アリスで塗り潰して、新しいアイドルの時代を創るんです。そうすれば、レイラさんもゆっくり休めるはずですから」

 心からレイラのことも思っているのが伝わってくる優しい声音だった。ジンガは呆然と呟く。

「お前がレイラを、超える……?」

 そして、失笑する。

「はっ。冗談きついぞ。俺らの中でお前を評価していたのはリリだけだ。お前なんざ、まだ炎上だけで話題になってるお騒がせアイドルにすぎねえんだよ」

 笑顔の消えたアリスを見て、ジンガは一度言葉を切った。そして、

「安心しろ。リリがいなくなった以上、当面の間はお前を狙う理由がなくなった。好きなだけイベントでもライブでもしな」

「ジンガさん……」

 アリスはその答えに悲しげな、そして彼を変えられなかった自分の不甲斐なさに悔しげな表情で俯いた。

 ジンガは再び前を向くと、

「ただし、だ。話題性に実力が追いついて、お前が俺たちでも無視できないほどの影響力を得やがったら、そんときはまた殺しにきてやる。

 アリスは驚いたように顔を上げた。

「それって……」

「……せいぜい覚悟しとけ」

 ジンガはゴエモンとともに出入り口の扉へと向かっていく。……それは、彼なりの激励だったのか、それとも単なる脅しだったのか。答えはすぐにわかった。

「そういや、言い忘れてたな」

 階段を登り、扉の前で立ち止まったジンガはポケットから長方形の紙を取り出した。それをびりっと雑に破くと、大きく破れた方を床に投下する。

「良いライブだったぜ」

 ジンガはゴエモンを連れ立ってライブハウスから去っていった。

 投げ捨てられた紙切れが飛び散ったアリスの血溜まりにひらひらと落ちる。……それは紛れもなく、半券箇所を失った君乃アリス1stライブのチケットだった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る