好きと言うまで!
血溜まりの上でステップを踏み出したアリスの心臓部を
「胸を貫いたこの痛みも♪ もとを辿れば君のせいだ♪ 遅刻するとは何事なのか♪」
まだ傷が治っていないにも関わらず痛みを笑顔で押し殺して歌い踊った。
「気づけば知らずに刺さっていた──っ!」
アリスの顔の上半分を
「これは恋の試練かな♪ 私の顔は赤く染まっていく♪」
アリスは血まみれの顔面に笑顔を忘れずに歌い、ダンスを披露した。その狂気的な彼女の姿にレツとクイナは言葉を失ってしまう。
(や、やはり、彼女は狂っている……!)
(これが、ジャパニーズアイドルなの?)
アイドル黄金時代を、そして進藤レイラを知らない二人は周りのイカれた熱量についていけていない。アリスにも時柴にも、FDにもどん引きすることしかできない。しかし……。
アリスの頭部から長剣が消えた。彼女はそれに少しの安堵感も見せない。
「混濁朦朧意識ゼロ♪ 闇の中じゃ君の声さえも届かないから♪」
曲がサビに入る。
「通り魔なんて蹴っ飛ばして駆け出したMy body♪ この身が引き裂かれても♪ まだ好きだと聞いてない♪」
上半身だけで彼女は歌う。
「真っ赤な服で迎えにいくよ♪ 君が好きと言うまで──」
肉体が治る。アリスは素早く立ち上がり、客席へ向かって笑顔で指を差し、
「死んでやらないから!♪」
同時に
ズルズルとステージに倒れながら壁に血の染みを作るアリスをよそに、二コーラス目へ続く間奏が鳴り響く。
アリスは頭にこびりついた激痛の数々を押し殺しながら立ち上がると、袖で血まみれの顔面を拭った。二コーラス目に合わせて笑顔でステージの中心へと戻る。
Aメロが始まるとともに、アリスは今の殴打でヘッドマイクが故障したことに気づいた。頭からそれを外して投げ捨てると、音に負けない声量で歌い始める。オーディションのときはただの叫びに過ぎなかったが、今回はちゃんとした歌になっていた。
(僕は……何を見ているんだ……?)
レツは困惑しながらもステージで踊るアリスを見つめていた。ふと周りを見ると、時柴もジンガもゴエモンも、似合わないペンライトを振るっている。全員、どっちがパフォーマーかわからないほど軽やかなペンライト捌きである。
居心地の悪さを感じながらクイナを見ると、彼女も気まずそうに赤いペンライトの軌跡を空に描いていた。レツは肩をすくめると、
赤く染まっていくステージに倒れる百合色は血しぶきとともに舞うアリスを眺めていた。途切れそうになる意識を決して切らさない。下がる体温はライブから出る熱を心に焚べて保つ。
百合色は口に呆れたような笑みを浮かべた。
(私たちのことをイカれてるって言っていたけど、何よ……一番イカれてるのは貴女じゃない)
そしてアリスの雄姿を目に焼き付ける。
(こんなの……殺せるわけないよ……)
それは物理的になのか、あるいは心情的になのか。それは自分自身にさえわからなかったが、いずれにせよ彼女の出した一つの答えではあった。
アリスの身体が何度も痙攣し、蜂の巣になった肉体から血液が四散する。それでも彼女は倒れず、傷が治る前でも歌詞を口から放ち、振付をできる限り再現した。
汗と血は流すが、決して涙だけは流さない。痛みのあまり涙目にはなっているがどうにか堪え、笑顔を数少ない観客へ振り撒いている。
時柴とジンガは真顔でペンライトを振りながら鮮血に塗れたライブを眺めていた。
「ジンガよ」
「あぁ?」
時柴の呼びかけにジンガは一瞥もせず返事をした。
「アリスは凄いだろう?」
「……そうだな。あんなアイドル、他にいねえよ。色んな意味でな」
ジンガは脳内で進藤レイラのライブパフォーマンスを思い返し、アリスと重ねていた。比べれば比べるほど、アリスはレイラの足もとにも及んでいないのがわかる。しかしそれでも、ジンガはアリスから目が離せないでいた。
人々に笑顔と感動を送り届けるはずのアイドルが、握りつぶされ、真っ二つに切断され、殴り飛ばされて壁の染みになっている。……しかし、それでも、今この場にいる観客たちは無心でペンライトを振っていた。何度殺され血を撒き散らしながらも、笑顔を浮かべ、何事もないかのように流れている曲に合わせて歌って踊る君乃アリスの姿に誰もが心を奪われているのだ。
曲はCメロに入る。
アリスはゆったりとしたメロディに歌詞を乗せる。
「雨が降っても♪ 雪が降っても♪ 岩が降っても♪ 槍が降っても──っ!」
針が一斉に射出され、アリスの身体に突き刺さった。彼女は口から血を吐き、全身から血を撒き散らしながら、
「必ず君のもとへ……♪ 会いに、ゆくからさ♪」
針が消えて傷が治る。ラストのサビが始まった。
「死にかけなんて気のせいさ無敵のMy heart♪」
「粉骨砕身文字通り♪ まだ君は煮えきらないのかな♪」
真紅の衣装をさらに赤く染め、肌すらも血に濡らしながら、アリスは立ち上がった。時柴たちのいるスペースに人差し指を向ける。
「真っ赤な服で迎えにいくよ♪ 君が好きと言うまで死んでやらないから!♪」
「……っ」
観客たちが一斉に息を飲んだ。……それは、明らかに似て非なるものだった。アイドルファンたちがいつか見た、そしてもう二度と見られないと思っていたあの光とは、全く異なる。しかし、彼女を知る者たちはあの光に匹敵するかそれ以上の輝きを確かに見た。彼女を知らない者たちも暗闇に光が瞬くのを感じ取った。
「白いワンピースはもうなくなった♪」
アリスはステージに倒れている百合色に僅かに涙を流しながらウインクして、
「君が好きと言っても死んでやらないから!♪」
あのときと何ら変わりのない笑顔を彼女に向ける。
百合色も、当時と同じように微笑んで見せた。
長剣を振り下ろそうとしていた
アリスは終わりへと向かうメロディに合わせて踊り、そして……曲の終了と同時に
「……」
アリスは血の海と化したステージで息を切らしながら立ち尽くした。上を向き、照明が眩しくてすぐに顔を逸らす。
観客スペースからぱちぱちという音が聞こえてきた。アリスが目を向けると、ゴエモンが仏頂面のまま拍手をしている。それに時柴が続き、ジンガが頭を掻いてから追従する。レツとクイナも苦々しく顔を見合わせると、それでも控えめに拍手をしてくれた。
アリスは片腕を失った百合色を見下ろす。
「どうだった? ユリちゃん」
声に不安さは微塵もなかった。ただ歌い、踊りきったという爽やかな達成感がある。百合色は口に笑みを浮かべ、
「また、アリスちゃんに生きる気力を貰ってしまった……。おかげで、数分、長生きできた……」
ゆっくりと目を閉じた。最後に推しの笑顔を見たのだ。泣き顔で上書きしたくなかった。
「最高の、ライブだったわよ……」
それが君乃アリス最初のファンの、最後のレビューとなった。
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