VS偶像堕とし
客が逃げ惑い、関係者とテロリストしかいなくなったライブハウスにて、クイナが息を切らしながら片膝を着いた。
「まさか私がここまでやられるなんて……貴方、何者なの?」
クイナは睨み上げながらゴエモンに尋ねる。
「俺は忍者の一族の末裔だ。前回のオーディションにスタッフとして紛れ込んだ際にも変装していたから、誰も俺に気づかなかったようだな」
「ニ、ニンジャですって……⁉」
レツからそんなものは過去にも現代にもいないと聞いていたが、そうではなかったらしい。
しかし同時に合点がいった。レツは
組織にニンジャがいたとなれば、警察が現在進行系で彼らを捕らえられていないのも無理からぬことだろう。責めることはできない。
クイナはゴエモンを睨みながら、
「拳銃はどうやって持ち込んだの? 忍術?」
「昨日のうちに忍び込んで、女子トイレの排水管の中に隠しておいた。分解して筒状の袋に入れてな。そのトイレが使われなければバレることはないと踏んだ」
全員で銃が隠されていないか探しはしたが、流石に誰もそこまでは調べていなかった。
「ぐあああああっ!」
情けない声とともに、開け放たれていた出入り口の扉からレツが吹き飛んできた。階段の手摺にぶつかると、そのまま落下して尻もちを着く。
「レツ⁉」
「ぐっ……まさかこの僕がここまで……」
時柴はTomorrowsの二人を呆れた目で見てため息を吐いた。
(弱いな、あいつら……)
そんなレツを倒したジンガがライブハウスに入ってきた。ゆっくりと階段を降りてくると、時柴の隣に座る。
「よお、時柴。招待されたんできてやったぞ。それで、何を証明してくれるんだ?」
その声は皮肉に満ちていた。
◇◆◇
既にカメラもマイクも全て破壊されている。配信は停止したも同然だ。六曲目も既に終わっており、ライブハウスは無音になっていた。時柴は配信をコントロールしていたパソコンを閉じる。
「俺たちが何を証明するのか。それはアリスを見ていればわかる」
「そうかよ。楽しみにしとくわ。おいリリ」
ジンガが指示を飛ばすと、マスクをしたままの彼女はこくりと頷いた。恐れることなく、毅然とした佇まいを保ったままのアリスが立つステージへとゆっくりと赴いていく。
「ま、待て!」
「やめなさい!」
レツとクイナが叫んだ。しかし、敗者の言葉には何の効力もない。無垢なる願いが虚しく反響するだけだった。
ステージの前に立ったリリは拳銃をアリスへと向ける。アリスは銃口を見たまま逃げようともしなかった。
リリが引き金を弾く。銃声を置き去りにして放たれた弾丸はアリスの左目に直撃すると、そのまま頭部を貫いた。
アリスは糸の切れた人形のように倒れ、血がステージを汚す。
「ああ、理が……」
レツから絶望感に溢れた声が漏れた。クイナも涙を流して悔しげに拳を握っている。
嘆く二人の様子を見ながら、誇ることなくジンガが嘆息した。
「これがお前らの証明したかったことか? 自分たちがいかに無力な存在で──」
「まだこれからですよ」
ステージからマイクによって拡声されたアリスの声が響いた。FDの三人が硬直する。
倒れていたアリスが、顔に付いた血を衣装の袖で拭いながらゆっくりと立ち上がった。ジンガたちからしたら、まるでオーディションのときを彷彿とさせる光景である。
「馬鹿な……!」
ゴエモンが驚愕に満ちた声を発した。ジンガは目を見開いたままアリスをじっと見ている。そしてリリは素早くステージに上がると、立つ途中のアリスのこめかみに銃口を押し付けて再び発砲した。
アリスは殴られたようにステージに叩きつけられる。新たな血の染みがステージにできた。しかし、彼女はまたしても立ち上がる。
「おい……時柴。どういうことだよ、こりゃあよお」
ジンガは恐怖に満ちた震える声音で隣にいる悪魔か死神のような男に尋ねた。
時柴は普段通りの淡々とした口調で答える。
「動画上で何度もアピールした通り、アリスは不死身だ。どんな怪我でも血だけを残してすぐに完治する。
「はあ⁉ んなこと、あるわけ──」
ジンガは二度──オーディションを含めれば四度──の銃撃を受けながらもけろりとしているアリスを見やる。言おうとしていた言葉が消える。代わりに、乾いた笑みが漏れた。
「はは、何だそりゃ……。ありかよそんなの。あんな熱い啖呵を切っといて、まじで死なねえとか、ズルじゃねえか」
君乃アリスが二度の襲撃を受けても何故死ななかったのか……。それがジンガたちには不思議で仕方がなかった。以前は否定したが、時柴の言っていた通り見間違えただけなのではないかとも、正直なところ考えてはいた。あるいは、得体の知れないアイドルプロデューサーである時柴のろくでもない方法と考えによって、アリスの生存が偽装されているのではないか、とも思っていた。
実際はそのどちらでもなく、あまりにも現実離れした理不尽で不条理の極みのような真実があるだけだった。
これまで必死になって、どうにかこうにか積み上げてきたものが巨人の歩いた振動で崩れ去ったような気分だった。ジンガは壊れたような表情で頭を抱えてうなだれる。
「俺たちにゃあ、絶対にお前らの邪魔をできねえってことかよ……。なるほど。君乃アリスがアイドルであり続ける限り、アイドルは永久不滅ってわけだ。アイドルという概念を叩き落としてレイラを人に戻すことは……絶対に叶わない」
ゴエモンも呆然と背中を壁に預けて呟く。
「俺たちに勝ち目はないわけだ……」
忍者の一族の末裔ながらも、アリスのような常軌の逸した存在は彼も拝んだことがなかった。
ライブハウスに沈黙が訪れた。レツとクイナは理が乱れたため放心し、ジンガとゴエモンは驚愕の事実に心が折れかけている。
アリスは深呼吸をするとジンガを見つめ、
「ジンガさん。私が証明したいのは──」
「まだ終わってないわ」
リリの鋭い声がアリスの言葉を遮った。ジンガとゴエモンが顔を上げる。
「肉体的に殺すことができないなら、精神的に殺せばいいじゃない。この子がアイドルを続けられなくなるように」
ジンガは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐにリリの言葉の意味を理解した。
「リリ……お前……」
彼女はこくりと頷くと、困惑しているアリスに向き直る。
「久しぶりね、アリスちゃん」
「……え?」
驚くほど穏やかな声。それでいて既視感を抱いてしまう、懐かしい声……。アリスの心臓の鼓動が僅かに高まる。
「オ、オーディションのとき以来……ということですか?」
そうでないことは承知している。しかし、自分の思考をごまかすために咄嗟に口に出していた。
リリは案の定、首を横に振る。
「東京の病院に転院してから会っていなかったけど、まさかこんな形で再会することになるなんて……。本当に、世の中は因果なものね」
彼女はゆっくりとマスクを外していった。
アリスは先ほどから、薄々察してはいたのだ。彼女がマスクをしていても、似ているなと感じていた。それでも、もう十年近く会っておらず、さらに遠目かつ薄暗かったため気のせいだと思おうとしていたのだ。
しかし、この懐かしさ、この至近距離、ステージの明かり照らされる彼女はもう、まごうことなき……。
以前、ジンガに言われた言葉をアリスは思い出した。自分がオーディションで狙われた理由は、胸に手を当てて考えればわかる。
『私の中では、アリスちゃんはもう最高のアイドルだよ』
希望を届けることの嬉しさと楽しさを教えてくれた友人の、自分にアイドルという夢をくれた大切な言葉。
リリがマスクを顔から剥がした。高校生だったあのときから十年経ってもまだ、その面影はしっかりと残っている。
「ユリちゃん……」
アリスは愕然と呟いた。……リリ、もとい
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