CHAPTER5 DEAD END
1stライブ
五月二十八日の十九時が近づいてきた。君乃アリス1stライブの日時である。
場所は愛知県内にある寂れたライブハウス。名古屋駅からのアクセスも悪く、立地に恵まれた箱ではない。既に二回もFDの襲撃を受けているアリスにステージを使わせてくれる箱が他になかったのだ。FDに爆破でもされたらどこもたまったものではないということである。
その点、このライブハウスは閉店することが決まっていたので、それなりに渋られはしたがどうにか押さえることができた。
「それで、実際にこのライブハウスまで見にくる物好きは何人くらいいるんだ?」
配信用のカメラをセッティングしながらレツが時柴に尋ねた。
ここ最近の活動でさらに目の隈を増やした時柴はパソコンで配信の設定をしながら、
「二十四人だ」
「無料だったとはいえ、前回のイベントから大分減ったわね」
クイナが音響機器を運びながら言った。
「むしろ多い方だ。事前にFDがくるかもしれないと何度も断りを入れてこれだからな」
「え、理?」
「黙れ。配信チケットの方は六千枚以上売れている」
レツが首を傾げる。
「それは多いのか?」
「個人事務所のソロアイドルのファーストライブとしては異常なほどにな。話題性からしたら少ないと言えるかもしれんが」
果たして、その中の何人が今回のライブに日本におけるアイドルという存在や言葉、意味の概念の進退が懸かっていると思っているのだろうか。尤も、時柴としては観客や視聴者にはただライブを楽しみにしてほしいので、何も知らなくてよいのだが。
ここでアリスがFD……
時柴はアリスならば進藤レイラを超えられると確信しているが、そのためには他のアイドルの存在も必要不可欠なのだ。他のアイドルよりも輝いてこそのナンバーワンであり、アリス以外にアイドルがいないから君乃アリスが一番などという状況は時柴の望むところではない。誰がどう見ても満場一致で君乃アリスがナンバーワンでなくてはならないのだ。
時柴の考えなど露ほども気にしていないレツが口を開く。
「まあ僕たちとしては人数が少ない方がやりやすい。既にライブハウス内に銃器や爆弾、何者かが隠れていないことは確認済みだ」
「持ち物検査を実行すれば、奴らが客に紛れてやってきても武器のない状態になる。正面突破だけを警戒しておけばいいってわけね。入り口は警察が遠巻きに見張っているらしいし、FDの連中、こないんじゃないかしら」
レツとクイナは余裕の雰囲気を醸し出す。レツは腕を組み、
「どうせなら警察も中に呼んで万全の体制で挑みたいけどな。これ以上、理が乱れるのは勘弁願いたい」
「警察からそういう申し出はあったが断った。警察なんていたら、もしものときライブを中止にされかねんからな。それじゃ困るんだよ。一応、周りは張り込むようだがな」
時柴がどうでもよさそうに呟いた。それから腕時計に目を落とし、
「そろそろ客がくるかもな。レツは扉の前で見張りと持ち物チェック、クイナは受付と箱内の警戒を頼む」
二人はやれやれとばかりに肩をすくめると、自分の持ち場へ向かっていく。
「まったく……。どうしてここまでしてアイドルなんてやるのかな」
「理解に苦しむわね。理を危険に晒すほどの価値があるとは思えないもの」
時柴は鬱陶しそうにため息を吐くと、ステージに上がると上手袖から控え室へ向かった。雑多な通路を通って扉をノックして開ける。
「調子はどうだ、アリス?」
「私は中学のとき男子に告られた。私は中学のとき男子に告られた。私は中学のとき男子に告られた──……」
アリスは目をバキバキに見開いて、空中に指で五芒星を描きながら早口を放っていた。
「絶好調のようだな」
「どこがですか⁉ 緊張で死にそうですよ!」
「死なないだろお前は」
涙目で訴えるアリスに時柴は呆れたようにつっこむ。
アリスは深呼吸をすると姿見の前に立った。殺されたときに血が目立たないよう、あまりアイドルらしくない真紅の衣装を着ている。
「……大丈夫ですかね?」
アリスは不安げに時柴を見上げた。彼は眉一つ動かすことなく答える。
「俺がデザインしたんだ。似合っているに決まっているだろう」
「あ、いえ、衣装のことじゃないんです」
アリスは即座に否定すると、自信なさげに俯いた。
「私に、
俯きながら震える声でアリスは語った。学校をほぼ毎日休んで、四つの新曲の歌詞と振付を頭と身体に叩き込んだ。それなりにスキルアップもしたと思うが、それでも付け焼き刃だ。進藤レイラは当然として、これまでFDに殺害されてきたアイドルたちにもパフォーマンス力は及ばないだろう。
時柴は両手をポケットに突っ込んだ。いつも通りの抑揚のない声で言う。
「それでも奴らを止められるのは不死身のお前だけだ。今後のアイドルの未来を背負えるのも、お前だけだ」
世間に出て一月足らずの新人アイドルにはあまりにも荷が重い話だ。アリスは目を伏せる。
「アリスよ。お前はどうしてあのとき、ジンガにライブをすると宣言した? あいつを否定したかったからか?」
時柴の言葉にアリスは息を飲んだ。あの瞬間には解らなかったことだが、今なら説明できる気がした。ゆっくりと顔を上げ、
「私は……ジンガさんを見ていられなかったんです。心に絶望しかないような気がして。だから、あの人に……あの人たちに希望を届けたくて……」
これこそが彼女のルーツなのだから。時柴は満足げに頷いた。
「なら、それを忘れるな。他のアイドルはもちろん、進藤レイラのことも意識しなくていい。お前はお前のままアイドルになれ。……そして奴らに証明しろ。お前の可能性をな」
アリスは目に闘志を宿すと、力強く頷いた。時柴も軽く頷き返し、
「それでいい。……俺に言わせれば狂気は弱さの証だ。頭をおかしくしなきゃやっていられない状態。だから案外、ころっと変わってくれるかもしれないぞ?」
「そ、そんな簡単ではないと思いますけど……」
狂気は弱さの証……。それは時柴もなのだろうかとアリスは思ったが、流石に訊くことはできなかった。
時柴はアリスを真っ直ぐに見つめる。
「アイドル君乃アリスのイカれた精神性を思い切り奴らに叩きつけてやれ」
「はい!」
力強くアリスが頷くと、扉がノックされて開かれる。クイナが顔を覗かせた。
「客はもう一人以外全員きたわよ。そろそろ時間だし、ぱっぱと始めてとっとと終わりましょう?」
アリスと時柴は顔を見合わせた。もはや言葉はいらない。
不死身のアイドルと悪魔のごときプロデューサー、二人の初めての大舞台が幕を開けた。
◇◆◇
ライブはアリスのデビュー曲である『私の恋は賽の河原』から始まった。時柴は壁際のベンチに腰掛けてカメラの切り替えを担当し、レツはライブハウスの外で待機、クイナはアリスのライブには目もくれず観客を見張る。
客は男性が大半だが女性も数人ほどいる。クイナは腕を組んで背を壁に預けた。
(時柴たちの話ではFDには女もいるのよね。今回も参加しているかはわからないけれど、注意はしておきたい)
客の持ち物はレツが全てチェックしているとはいえ油断はできない。
一曲目ということもあってまだ場の空気は盛り上がりきってはいない。どの程度のテンションで応援すればいいのか客もまだ決めあぐねているようだ。
すると間奏中にアリスが、
「どんどん声出ししちゃってください!」
と笑顔で観客を煽る。
「おおー」
ベンチに座っていた時柴が間の抜けた声とともに無表情で右手を掲げた。客たちはそれに一瞬唖然とするも、すぐに気を取り直して合いの手や掛け声を入れ始める。
場の空気が温まり、観客人数が約二十人とは思えないほど盛り上がってきた。
時柴はSNSでオンライン配信を見ている者たちの反応をチェックする。アリスの成長に感心する呟きが散見された。
(ずっと語り継がれるような伝説のライブをしたいわけじゃないんだ。ファーストライブとしては上々な盛り上がりだが、俺たちの目的はそれだけじゃない。FD、お前たちはいつ現れる?)
時柴の思考を無視するかのように、ライブは滞りなく過ぎていく。観客を威圧しない程度に眼力を抑えて見張っていたクイナは首を傾げた。
(六曲目が始まったけれど、これが終わったら残り一曲じゃない。FDの連中、やはり手が出せなかったということかしら)
彼女としては理が乱れないのは最高なのだが、最大限の警戒をしていただけに肩透かし感も否めない。……しかし、
(──二十一、二十二……? 二人いないわね。一人は始まる前からいなかったけれど、もう一人はいつから? そういえば四曲目の途中でマスクをした女が一人トイレにいった。まだ戻ってきていないとなると……下痢? それとも便秘?)
思考を巡らせていると、左耳につけたイヤホンからレツの声が聞こえてくる。
『そちらに異常はあるか?』
クイナはマイクに口を近づけ、
「何事もなくライブが進んでいるわ。そっちは?」
『会敵した。奴らのリーダーがこちらに向かってきている』
「なんですって?」
思わず目を見開いた。
「私もそっちにいった方がいい?」
『そうだな。中に異常がないなら──』
そのときであった。銃声とともに何かが砕け散る音がライブハウスに響く。クイナと観客が同時に周囲を見回し、アリスが音楽の中でパフォーマンスを中断する。
マスクをした女がトイレの正面にて小型の拳銃を片手に立っていた。銃口の先には弾痕のできた配信用のカメラがある。
(どうして銃を持っているの⁉)
驚くクイナをよそに女は素早く他のカメラも撃ち抜いていく。観客が悲鳴を上げながら身を伏せた。
「ごめん。いけなくなった」
クイナはマイクにそれだけ言い放つと女へ向かって駆け出す。そんな彼女の前に客の一人が立ち塞がった。角刈りで無骨な顔立ちの長身の男だ。
「このライブは、我々
男は大声で宣言した。
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