CHAPTER3 NORMAL TOMORROWS

順調と不安

 君乃アリスが鮮烈、もとい鮮血なデビューを果たしてから二週間以上が経った。アリスは依然として、動画投稿サイトに動画を毎日アップしつつ、時柴からレッスンを受ける日々を送っている。

 基本的には平日は時柴がアリスの地元までやってくるが、休日にはアリスが名古屋へ赴いて活動していた。

 今日は金曜日であるため、アリスの地元にあるダンススクールの教室を借りて新曲の振付レッスンを行っている。

「あっ、昨日の百問百答動画、もうすぐ百万再生いきそうですよ」

 休憩中、アリスはスポーツドリンクを片手にスマートフォンを覗きながら呟いた。

 黒いジャージ姿の時柴は表情を変えず、

「今のところ全ての動画が百万再生を超えているな。順調だ」

「『私の恋は賽の河原』のMVと物理的に炎上した動画に至っては千万再生ですからね」

『物理的に炎上してみた』は中身がないに等しい動画にも関わらず、炎上だけでそれだけの再生数を稼いでいる。

「うーん……でも、相変わらず批判コメントは多いですね。まあこの動画は批判されて当然ですけど」

 百問百答動画には、時柴が唐突にアリスをトンカチで撲殺するシーンがあるのだ。それ以外は普通の内容なので、余計にそのシーンが叩かれている。尤も、大体の動画がこんななのだが。

「しかし応援コメントも順調に増えてきているぞ」

「確かに……」

 批判コメントは依然として多いものの、活動を応援する言葉も目立つようになってきた。

『唐突に殺すネタ一周回って好き』『いつも死ぬときだけ迫真だなこの子』『アリスちゃん刑事ドラマの被害者役似合いそう』『アリスちゃんたまには時柴を殺し返せ』『アリスちゃんなんか幸薄そうだから報われてほしい』『たぶんアリスちゃんがマッチ売ってたら買ってる』

 果たしてこれは応援なのだろうかと今さらながらにアリスは思った。とはいえ、

「学校でも、最初のうちは好奇の目で質問してくる人ばかりでしたけど、最近は普通に動画見たよって声かけてくれる人が増えてるんですよね。友達はやっぱり心配みたいですけど」

 今まで一度も話したことのなかった同学年からはもちろん、顔も知らない先輩や入学したばかりの後輩からも度々声をかけられるという経験は、これまでのアリスの人生ではないものだった。教師陣には顔を合わせる度にしかめっ面をされるが。

 時柴はスマートフォンを触りながら、

「狙い通り、俺を叩くという行為がアリスを救うことに繋がると考えた奴らが離れない。コメントでも言われているが、お前は被害者ポジションがよく似合う」

「それ、褒めてますか?」

「当然だ。アイドルは全てが武器になる」

 アリスは時柴の言葉とは裏腹に、不安げな表情でコメント欄を見る。

『アリスちゃんだけでは微妙だし時柴だけだと灰汁が強すぎるけど二人だとちょうどよくなるな』『時柴のアリスちゃんへの茶々入れ嫌いじゃない』『アリスちゃんいじめるの絶対楽しんでるだろ時柴w』『このチャンネルの主役は時柴なのでは?』

 これらのコメントに危機感を募らせる。

(私と十三さんのコンビは謎に評判がいい。十三さんが言ったような理由もあるんだろうけど、でも一番の理由は十三さんがなんか人気出始めたからだと思う)

 彼が評価され始めたのは五番目にアップした動画だった。時柴は自分がもっと叩かれるための燃料として、『私の恋は賽の河原 時柴十三ver』を投稿した。これはタイトルの通り、ジャージ姿の時柴が仏頂面のまま歌って踊る動画なのだが、無駄な歌唱力の高さとアンチすらも認めざるを得ない踊りのキレ、そして絵面の面白さなどが相まって炎上と関係なくバズり、現在チャンネルで三番目の再生数となっている。もうすぐ千万回再生されるほどだ。

 一方、アリスが普通にスタジオで撮った『私の恋は賽の河原』のダンス動画はこのチャンネルで一番伸びていなかった。

(十三さん、アナカラの騒動を詳しく知らない人たちの間では、もう面白おじさんとして定着しかけてる……)

 学校で話しかけてくる見知らぬ生徒たちも時柴に言及する者が多いのだ。

 人気と実力でプロデューサーに負けるアイドルに果たして価値はあるのだろうか。まさか一番の敵がすぐ傍にいるとはアリスも思わなかった。FDよりも時柴の方が今のアリスには恐ろしい存在なのだ。

 悶々としていると、

「話題性があるうちにイベントをやるぞ」

 時柴で唐突につぶやいた。アリスは驚いて彼を見上げてしまう。

「ぐ、具体的にはいつですか?」

「五月七日だ。ゴールデンウィークの最終日。せっかくだし、この日に合わせるぞ」

 どういう意味かはすぐにわかった。

「アイドルの日ですか……。進藤レイラがデビューした日」

 もはや日本の常識となっている日付だ。アリスは肩をすくめる。

「毎年、五月七日になればテレビでアイドル特集が組まれたり、あちこちで大きなアイドルフェスが開催されていたのに、FDのせいですっかりなくなっちゃいましたよね」

「業界としては稼ぎどきだったから、かなりの痛手だろうな。いや、そもそも業界自体が死んでいるから関係ないのか」

 アリスは不快げに顔を歪ませた。

「なんか、バレンタインやハロウィンみたいな雰囲気を感じるんですけど……。お菓子会社が商品を売るために日本で流行らせたみたいな。もしかしてアイドルの日ってアイドル業界の偉い人が広めたんですか?」

「そんな話は聞かないな。アイドルの日はアイドルオタクたちが呼び始めて、業界がそれに乗っかっただけだ」

「みんな進藤レイラを忘れられなかった、ってことですか……」

 つくづく進藤レイラはアイドルとして遥か上の存在であるとアリスは思った。時柴は自分に可能性を感じているらしいが、どう考えても超えるのは無理ではないか。

 落ち込むことすらはばかっていると、

「イベントの話に戻るぞ。『私の恋は賽の河原』と今練習している曲、それからイベントに合わせて作る新曲の三曲でミニライブを行う。無料のな」

 アリスの表情が緊張で強張った。不安げに口を開く。

「だ、大丈夫でしょうか……? 人、きますかね。応援してくれる人が増えたと言っても、結局話題の大部分は炎上ですし……」

「問題はないだろう。最悪、時柴十三もステージに立つかも? とでも宣伝しておけば人はくるはずだ」

「十三さん……最近人気出てきて、ちょっと天狗になってます?」

「なっていない」

 かなり怪しいが、アリスは追及しなかった。

「お前は見物にきた野次馬に、今後も応援してもいい、と思わせるパフォーマンスができるよう努力しろ。これは方針説明のときにも話したことだな」

「か、簡単に言いますね……。これでも結構、頑張ってるんですけど」

「無理そうなら俺がステージに上がって、二人で動画のような掛け合いをすれば大受け間違いなしだろう」

「やっぱり天狗になってますよね?」

「なっていない」

 時柴は無表情で答えた。アリスは冷ややかな目を向けるが、彼はその視線を無視し、

「FDが現れることも考えられる。話題性に繋がるから襲撃してきてもまあまあ得だ」

「そんなむちゃくちゃな……。あ、でも、FDがくれば私がパフォーマンスで野次馬を取り込む必要性がなくなりますね」

 逃げ腰のアリスに時柴は呆れたようなため息を吐く。

「俺が今言ったことはそのイベントだけに適応される言葉じゃない。今後の活動全てに当てはまる言葉と思え」

「う、はい……」

 アリスはしょんぼりと肩を落とした。そんな彼女に時柴はいつも通り冷淡な口調で告げる。

「前に実力不足を補うためにプロデューサーがいると言ったが、俺はお前に実力がないとは思っていない。ちゃんとしたパフォーマンスをすれば野次馬だって取り込めるはずだ」

 突然の熱い発言にアリスは呆気に取られる。

「そ、その自信の根拠は……?」

「そんなものはない。俺がお前に無条件で夢を見ているだけだ」

 ようは期待しているということだろう。

「……頑張ります」

 アリスはこくりと頷いたが、心臓は酷くバクついていた。

(その期待裏切ったら殺されそうで怖いんだけど……。死なないし、既に何回か殺されてるんだけどさ)

 進藤レイラに失望したと話していたときの時柴の目と雰囲気を思い出してふんどしをしめ直す。

「とりあえず、これまで通り練習を重ねつつ、本番でのFDによる妨害も覚悟しておけばいいんですね」

「そうだな。尤も、本当にFDがくるかどうかは読めないが」

「どうしてですか? 最初のMVであれだけコケにしたら、顔真っ赤にしてまた襲ってきそうですけど」

「そもそも、奴らがどうしてオーディションを狙ってきたのかがわからないからな。そこが不明瞭だと何とも言えない」

「あ、そういえばそうでしたね」

 FDが狙うのはあくまでもアイドルだ。アイドル未満の存在が狙われる道理はないはずだった。あのオーディションは明らかに妙である。

「でも、頭のおかしいテロリストの考えることなんてわかりませんよ。気まぐれで狙っただけかも」

「確かに奴らは狂ったテロリストだが、だからこそ自分たちのルールには従うはずだ。奴らは俺と同類だからよくわかる」

「ど、同類って……」

 アリスは顔をしかめた。

「俺と奴らはベクトルが違うだけでアイドルに対する情熱は同じだ。……勘だけどな」

「だとしたら、どっちの情熱もズレすぎですよ。十三さんはまだましですけど」

 かたやアイドルを殺して回るテロリスト。かたや倫理観ゼロのパワハラプロデューサーだ。どちらも終わっているが、時柴の方が断然優しい方だろう。

「あ……!」

 FDの話からふとアリスが思い出す。

「そういえば私、最近誰かに後をつけられているような気がするんです」

 深刻な表情で告げるアリスだったが、時柴は微塵も無から表情を動かさなかった。

「田舎町に一躍時の人が生まれたんだ。こそこそ見てくる輩くらい出てくるだろう」

「そういう感じじゃないんですよ。屋外にいるときはずっと視線を感じると言うか……。でも隠れているのか周りには誰も見当たらないんです。アイドルを狙ったストーカーかとも思ったんですけど、ひょっとしたらFDなのかもしれませんよ。ほら、あの人たち、ネットアイドルを狙うときはライブするまで標的をひたすら監視するそうですし」

「……可能性はなくもないか。オーディションのとき、FDの一人が運営スタッフに紛れていた。お前の住所を知る機会はあっただろう」

 あの後、運営スタッフの一人と連絡がつかなくなったのだ。今朝設置した簡易テーブルの下に爆弾があった事実を加味すると、FDのメンバーがスタッフとして参加していたと考えるのが妥当である。

「FDならライブ中以外は襲ってこないはずだ。これも奴らのルールだな。安心して暮らせ」

 興味なさげな物言いにアリスはむっとなった。

「所属タレントの危機かもしれないのに、そんな対応でいいんですか? もしかしたらストーカーかもしれないのに」

「お前をつけているのがFDだろうとストーカーだろうと、不死身の人間を心配するほど俺も暇ではない」

 ぐうの音も出ない正論にアリスはぐっと言葉を詰まらせた。何ならアリスもそれが理由で深く警戒していなかったところがある。

 時柴は掛け時計を確認し、

「休みすぎたな。そろそろレッスンを再開するぞ」

「はーい」

 アリスはふてくされたように返事をするのだった。

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