偶像堕とし、襲撃
アイドル黄金時代の以前以後において、アイドル業界を引っ張り続けてきた花村要一の呆気ない死に、観客もアイドルの卵たちも震え上がることしかできなかった。
全員が全員、今すぐこの場から逃げ出したい。しかし、逃げれば花村のようになってしまう。
ジンガは改めて観客たちに向き直った。
「話の続きだ。逃げたい奴は……この話が終わって三秒経ったら全速力でどっかいけ。サツでも何でも好きに呼びな。……カウントを始める」
隣にいたフルフェイスヘルメットの女が左手を掲げ、無言で指折り数えていく。
三……二……一。
観客たちは叫び声を上げながらショッピングモールの方へと、滑稽なほど酷い顔と醜い動きで逃げ出していく。彼らだけではない。運営スタッフも、ステージにいたオーディションメンバーたちも一目散に走り出していた。
ジンガはステージを見ながら、
「アイドルの卵が逃げるのは許可してないんだがな……」
先に邪魔な連中をどかしたのは明らかに失敗だった。普段、あまり屋外ステージを狙わないので詰めが甘かったか。ジンガはどうしたものかと思うも、ステージに一人だけぽつんと参加者が残っていることに気づく。
「標的が残ってんなら、まあいいか。リリ」
呼びかけられた隣の女がゆっくりと頷いた。そして、右手に持つ銃をステージに立つ少女へ向ける。
ジンガは自分が撃った花村の亡骸を見やり、
(てめえは大馬鹿だよ。こちとらてめえに用はなかったのによ)
それから依然として審査員席に座ったままの男に目をやる。
(時柴十三……。こいつ、さっきから何をしてやがんだ?)
あまりにも怪しすぎるので、つい銃口を時柴へ向けた。
彼はジンガたちが出現してからも、ずっと無反応なのだ。FDにも、狼狽える観客にも、花村の死にさえ、一瞥たりともやっていない。ただじっと生気のない目をステージに向けているだけ……。
ジンガはピンときた。
(そうか。お前もか。お前もこっち側か……。あの時代に輝きを見出せず、暗闇を歩き回るだけの亡霊……)
銃を下ろす。彼は別に人殺しが趣味ではない。邪魔をしない同族を狙う理由はなかった。
それに、もうこの場での使命は終わるのだ。
フルフェイスヘルメットの女──リリのカウントが終わり、観客が一斉に逃げ出した。その勢いに合わせて、アリスと並んでいたオーディションメンバーの三人もステージの袖へと走り出している。
(え、え⁉ 私たちも逃げていいの⁉)
ジンガは観客とスタッフとしか言っていなかったので、てっきり自分たちは逃げられないのだと思っていた。
他の参加者はステージから飛び降り、逃げていく観客たちの中に紛れてしまうが、FDの二人は何も動こうとしない。
(私も、逃げないと──!)
アリスは走り去っていくみなに付いていこうと、足を踏み出そうとした。しかし、何故か心がそれを拒絶する。恐怖と緊張は計り知れないが、足が竦んで動けないというわけではなかった。動けない理由が彼女自身にもわからない。
(ど、どうして⁉ このままじゃ、私本当に──あ)
時柴十三が審査員席に座ったまま身じろぎ一つせずこちらをじっと見ていた。本当に生きた人間の目なのか疑わしいほど視線に力がない。しかし、彼は確かにアリスを見ていた。何かを探し求めているかのような目だ。
(そうか。このステージで……誰も私のことなんて見てないって思ってた。でも、時柴さんは今……いや、今も私を見てくれているんだ)
朝起きてから、控室にいるときも、自己紹介をして歌って踊っていたときも、そしてFDが現れてからも、今も……ずっと忙しなく動いていたアリスの心臓が今日初めて落ち着いた。緊張感も消え、震えも消え、恐怖すらも超越した。
(私は最高のアイドルに……人に希望を届けられるアイドルに、なるんだった。それなのに、どうして私はあんな気の抜けたパフォーマンスを……。駄目って自覚があるなら、なおさら全力で頑張らなくちゃいけなかったんだ!)
強張っていた表情が緩み、作り笑顔ではない自然な笑みを浮かべる。
そして『午前0時の魔法』、二コーラス目のサビに入った。
「君を待っていた♪ 0時に待っていた♪」
アリスは歌い、そして踊った。
「その笑顔に胸が撃ち抜――っ!」
これまでの人生で受けたことのない、物理的な衝撃を感じ取った。激しく胸が痛み、アリスら二歩三歩、後ずさる。
口から血がこぼれ、ベージュ色のジャージの左胸辺りに赤黒い染みが一瞬にして広がった。
衝撃を受けて刹那のこと、アリスは呆気なく簡易ステージの上に倒れた。
「帰るぞ」
ジンガがアリスの胸を撃ち抜いたリリに呼びかけた。彼女は無言で頷くと、歩き出した彼の後を追う。……すると、
「二度、と……いらない、魔法……」
ステージからマイクを通した声が響いた。FDの二人は驚いたようにそちらを振り向く。
アリスが血に濡れる左胸を押さえながらふらふらと立ち上がっていた。
(心臓をギリギリ外れていたのか。それでも普通は立てないだろうに)
驚くジンガ。リリは指示を待つまでもなくステージのもとまで歩いていく。
アリスはか細い声で歌う。ややメロディと歌詞がずれているものの、真っ白な頭の中からどうにか言葉を振り絞っていた。
「君の隣、だから……もう、0時は過ぎていた──」
流れているメロディに一瞬だけ無慈悲な銃声が被さった。
アリスは眉間から血を散らしながら力なく倒れる。
「リリ。急いで退くぞ」
ジンガが声をかけると、リリはこくりと頷く。FDの二人は颯爽と駆け出すと、あっという間に野外ステージから離れていった。
『午前0時の魔法』はまだ鳴り止まない。
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