オーディションの始まりと終わり
一曲目は作詞作曲ついでに振付、時柴十三の『未完成バタフライエフェクト』であった。Another↔Colorsで最も人気かつ有名な曲である。振付もそこまで激しくはなく、踊りながら歌う難易度は高くない。
花村と時柴は審査員席からアイドルの卵たちを見ていた。
「う〜ん。やっぱり最近の子たちは歌もダンスも上手いね」
花村が素で感心しながら呟く。時柴も同意する。
「昔と違って今は動画投稿サイトにプロの教材がゴロゴロ転がっていますからね。場所と時間とやる気さえあれば、誰でも人に見せられる程度には上達しますよ」
「なるほど。……うむ。強いて言えば、四番の子だけ動きも声も固いかな。緊張しているのだろうが、それでも他の子たちと比べてしまうとねぇ。個人的には、彼女はないかな」
アリスが下手だというわけではない。緊張しているが歌もダンスも、それなりにできている。ただ、他三人のレベルが高いのだ。四人同時にパフォーマンスをしているため、より顕著にそれが伝わってくる。
当然、そんなことは当事者であるアリスも痛いほどわかっていた。
(ああ……駄目だ。何もミスはしてないけど、だからこそ駄目だってわかる。純度百パーセント実力で劣っているんだって、はっきりと突きつけられてるみたいで……)
そんな思いが歌唱にもダンスにも反映される。歌声からは感情が消えていき、ダンスからも動きのキレが失われていく。
(みんな上手いなあ……)
他の三人の歌とダンスに心から感心してしまう。もはや、ステージで何やら蠢いているだけのお客さん状態だった。
最初の楽曲が終わる。次の曲は作詞作曲が花村要一の『羽ばたく君へ』だ。彼がプロデューサーを務めたグループの中で一番売れ、アイドル黄金時代を彩った
十三人のメンバーが織りなす幻想的なダンスが印象的な振付だが、センターで歌って踊るぶんにはさほど難しくない。世間では、踊りが苦手だった花村のお気に入りメンバーをセンターにするために作った曲と言われているが、真実は彼のみぞ知る。
この楽曲においてもアリスと他の三人との実力差は明白だった。両手を駆使しての鳥の羽ばたきのようなモーションが、他の三人が優雅な鶴だとすればアリスはダチョウだった。飛べていない。
(お客さん……誰も私を見てない……。そりゃあ視界には入ってるだろうけど……でも、見てない)
ステージ上にいるからこそわかった。アリスからアイドルにとって命とも言える笑顔がなくなっていく。
もうこの場から消えてしまいたい……。そう思いながら、二曲目は終わった。
そして、三つ目の曲になる。
「次で最後だ。……最後の曲は『午前0時の魔法』」
時柴の言葉に観客たちからどよめきの声が上がった。
(まあ、こうなるよね……)
と、アリスは思う。おそらくその曲は日本で最も有名なアイドルソングだ。タイトルを知らない国民は殆どいないのではないだろうか。しかし、知名度とは裏腹にメディアで流れることはめったにない。
『午前0時の魔法』。glass shoes`sのデビューシングルにして、進藤レイラが最期に歌った曲。
力なく立ち尽くすアリスをよそに、音響機器から爽やかで疾走感のあるイントロが流れ出す。アリスは一瞬だけそれに乗り遅れる。そして、
(やば……入りなんだっけ? 何回も聞いたことあるのに、みんな知ってる曲なのに……今、日本で私だけが歌詞を知らな──)
ガンッ!
Aメロの開始に被さるように、非日常的な大きな異音が響き渡った。日本の大半の人間が知らない音だったが、それが何の音かはこの場の誰もがすぐに理解できたことだろう。
会場がざわめき、オーディション中の四人の動きもとまった。
(あれって……)
アリス含め、アイドルの卵たちは視線を観客の後方へと固定させる。それに気づいた観客たちがそれぞれ、恐る恐るといった様子で振り向いていく。
人が二人立っていた。一人はフルフェイスヘルメットを被り、黒いライダースーツを着ている。身体のライン的に背の高い女性だ。その右手には誰もがドラマや漫画で一度は見たことがあるだろう黒い物体を握っている。
そして、彼女の隣に立つもう一人。ボサついた髪に鋭い目つきの男。背は平均よりやや高い程度だが、黒いライダースジャケットの上からでもわかるほど鍛え上げられた肉体を誇っている。頭上に掲げられた右手には音の発生源と思しき拳銃が握られていた。
この場にいるのはアイドルオタクばかりだ。そんな彼らが、この男の顔を知らないわけがなかった。観客の誰かが言う。
「ジンガ……。FDのリーダー、ジンガだ」
世間を騒がすテロ組織、
叫んだり動いたりしようものなら何をされるかわからない。そんな考えを全員が抱いてしまうほどの殺気が場を支配していく。
ざわめきも消え、『午前0時の魔法』のサビメロディだけが空気を読まずに垂れ流されている。
ジンガは掲げていた右手を下げた。気怠げだが音楽の音量に負けないほどに声を張り上げる。
「オーディションは終わりだ! この場は俺たち
低く掠れたような声だった。観客も、ステージに立つアイドルの卵たちも、誰も何も言い返さない。言い返せるわけがない。
「観客とスタッフども。お前らに残された道は二つだ。俺たちの邪魔をするか、邪魔をせず逃げるかだ。逃げたい奴は、この話が終わってから三秒後に──」
そのときだった。審査員席に座っていた花村が勢いよく立ち上がると、必死の形相でジンガたちに背を向けて走り出したのだ。FDの二人とは距離があるので、例え相手が銃を持っていようと逃げ切れるという算段だろう。
ジンガは即座に彼へと銃口を向け……一発。花村が力なく芝の上に倒れる。彼の射撃は距離をものともしなかった。
観客たちから僅かに悲鳴が上がる。
「まだ俺の話は終わってなかったぞ、花村ァ」
ジンガが苛立たしげに吐き捨てる。その声は小さく、未だに流れている曲の音にも負けており、距離を考えても花村まで届いているわけがない。何より、花村の肉体的にも、その声が聞こえているはずがないのだ。
倒れ伏した花村の首から流れる鮮血が、緑の芝をみるみる赤く染めていく。
アイドル解放戦線、
FDが活動を始めてから三年。アイドル黄金時代を彩ったアイドルグループは一つ残らず解散、または無期限の活動休止となった。新しく結成されるアイドルグループもその数を減らしていき、今やメディアでアイドルを見る機会はないに等しい。誰だって、命は惜しいものである。
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