第2話
電車に乗ってから十五分もしない内に、俺はデコボコたちと別れる。デコボコたちは家の最寄り駅まで電車で揺られて帰るが、ちょっと田舎側に住んでいる俺は途中のY駅でバスに乗り換える必要があった。
Y駅は新幹線こそ走っていないとはいえ、県内でも三本の指に入るぐらいに大きな駅だ。ここを起点に東西南北に行けるようにバスターミナルもあるし、家電量販店や服屋なんかの大きな看板が視線の先をにぎわせている。また、駅を出てちょっと歩くだけでたいてい何でも食べることはできたから、この時間帯は、仕事終わりの大人たちがたくさんいる。ちょうど腹が減る時刻ということもあって、俺も何か食べたくなる。といっても店に入って何かを食うほどの金はないので、ドラッグストアに寄って九十円弱のコーラを買う。炭酸は腹が膨れる。
街には大人たちが多いが、なんだかんだ学生服の姿もあった。部活動に勤しんで青春の汗を流して帰路に就く奴か、いい大学に進学するために塾に向かう奴か、俺みたいに行く当てもなく日が暮れるまでダラダラしてる奴か、そのいずれかだろう。部活なんて将来役に立たないもんを一生懸命やってる奴はバカだし、最低限の努力でそこそこの私文にでもひっかかればいいと決めている俺からするとわざわざ一生懸命勉強して立派な大学を目指してる奴は気の毒だった。
買ったコーラをラッパ飲みしながらバス停へと向かっていると、視線の先、バスターミナルの外れにある街灯に照らされた場所に、知った服が二つ見えた。知っているも何も、俺が今現在着ている制服と同じだった。Y駅周辺で同じ高校の生徒を見ることはあまりなかったので、おや、と思い目をこらす。ひとりは同じクラスの山口という男で、もうひとりは知らない眼鏡の奴だった。山口は普段クラスの隅にいるような目立たない奴で、部活動や勉強で何か目立っているわけでもないから、下の名前だって思い出せない。かろうじて苗字を思い出せたのは、俺と苗字が近かったからだ。そんな誰からも注目されない様な奴と、おそらく山口同様に陰キャであろう男が、誰もいないベンチのすぐ隣に立って、二人で何かをしている。ゲームでもしているのだろうか。
なぜか二人が気になった、というわけでもないが、俺は停留所に着いた後もちらりと二人の様子を見る。別にゲームをしているわけではないようだ。山口もその知人も手に持ったスマホの画面をちらちらと見ている。何かを話し合っているみたいだが、別に喧嘩をしているわけでもふざけた話で笑いあっているようでもない。
……まあどうせ陰キャがやるようなことなんてしょうもないことだろう。俺は一度だけ小さく鼻で笑ってから、スマホの画面に視線を落とす。動画でも見ようと思ったが、SNSの通知があり、そちらのアプリを開くとすぐに友人たちのくだらないやりとりが目に入ってきて、俺はすぐさまそれに返信するのに夢中になる。
とそこで、不意に、スライドさせていたスマホ画面に一つの写真が映りこむ。カエルをモチーフにしたペン立てを撮影したもののようで、鳥獣戯画風の直立ガエルはなぜかニヒルな笑みを浮かべて親指を立てている。それがインテリア雑貨としてセンスの優れているものなのかどうかはさておき、問題はその画像を投稿した奴だった。
投稿者の名前は『haru49』、元カノのはるだ。
「……」
俺は勝手になんとなく気まずくなる。別れ際にSNSのフォローを外さなかったが故に、今でもこうしてはるの行動が目に入るのだ。別にだからなんだって話ではあるし、嫌ならフォローを外せって話でもあるのだが、今さら改めてフォローを外すとなると、それはそれでより一層気まずい感じがする。考えすぎだってのはわかっているし、自分のみみっちさには呆れるほどだが、笑ったところで気まずさは薄まることすらない。
……いっそのこと、喧嘩別れでもした方がよかったのだろうか。
俺は画面に映るカエルの笑みを見つめてみる。ちょっとだけ腹立たしい気分になった。
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