第3話

 はると付き合うようになったのは、一年の五月末のことだ。はるの方から告白してきた。

 漫画やドラマじゃ告白現場の定番は放課後の教室だの体育館の裏だのだろうが、俺たちの場合、最初のやりとりは現代的にスマホを用いたものだった。日曜日の夕方に、『好きです、付き合ってください』的な無難なメッセージが届いて、俺はちょっとだけ舞い上がった。

 実際、入学してまだ二ヶ月も経っていなかったが、当時すでに俺とはるは仲が良かった。クラスじゃよく話をしていたし、一緒に下校することもあった。といっても、ふたりっきりってことはなく、基本的には俺の友達もはるの友達も一緒だった。要は高校生の男女が複数人群れている内の一部に過ぎなかったってわけだ。

 俺はいろいろ考えて、『明日直接会って話をしよう』と返事をした。メッセージだけで済ませるのもどうかと思ったし、通話するぐらいなら顔を突き合わせて話した方がいいと思ったからだ。……というのは嘘で、なんとなくその方が『男らしい』んじゃないかと古臭い価値観を立脚点に色気づいただけだ。ちなみに、集合場所は体育館の裏、時間は放課後を指定した。結局定番が返り咲いた。

 そして翌日の放課後、俺とはるは体育館の裏で向かい合った。そもそも一年の時ははると同じクラスだったから、放課後までに何度も顔を合わせることがあったはずだが、どんな態度をしていたのかは覚えていない。きっとそわそわしてはいたのだろう。

「好きです、付き合ってください」

 面と向かってそんなことを言われて、俺はまたちょっとだけ舞い上がった。だが、はるの背後、体育館の柱の陰に隠れるようにしてクラスの女子共が数人ほどこちらの様子をうかがっているのが確認できたため、俺は途端に冷静になった。

 ……からかわれてるのか?

 中学時代、バレンタインデーにじゃんけんで負けた奴がクラスのブスな女にチョコをねだる、みたいなくだらないゲームをやった経験のある俺は、真っ先に罰ゲームの類か何かだと疑った。実際、女子グループの中にもデブやオタクの男子に罰ゲームで告白する、みたいなことをする連中がいるって話を聞いたことがあった。

 だとすれば相手は俺じゃねえだろ……。

 率直な感想はそれだった。うぬぼれではなく、俺は入学式直後のそわそわした雰囲気のクラスにもすぐに溶け込むことができていたし、なぜかやたらと声のでかい奴ばかりがいる集団に属すことができていた。容姿端麗かと問われれば頷くほどではなかったが、少なくとも、「あいつに告っちゃえよー」「えー、あんなやつにー? OKされてもきもいし、フラれても腹立つんだけどー」「どっちにしろ最低じゃん、ウケるー」「ウケんなー」みたいな底意地の悪いやりとりの対象になるような人間ではなかったはずだ。

 もちろんこんなものはただの疑心暗鬼である。俺がその考えを改めるのにそれほどの時間はかからなかった。

 きっかけは、はるの背後、体育館の柱に隠れてこちらをのぞいている女共の様子である。本気で隠れる気がないのか、ひそひそと何かを話してはきゃっきゃと高い声を出していたのだ。その様子は、哀れな人間を嘲って笑う姿勢ではなく、女特有の浅い好奇心の賜物に見えた。また、目の前のはるの表情もヒントになった。薄暗い体育館の裏でもわかるぐらい、はるの顔には照れがあった。その顔が悪意のある人間の顔ではないであろうことは理解できた。

「俺も好きだよ。付き合おう」

 俺はそんなことを言ったはずだ。いや、正直なところ、「俺も好きだよ」だなんて単細胞な台詞を言ったかどうかまでは覚えていない。曖昧に首を縦に振って肯定を示しただけかもしれない。まあ、とにもかくにも俺ははると付き合うことに同意したのは確かだ。直後はるの後ろで出歯亀をしていた女共がうんざりするぐらい大きな声できゃっきゃと騒ぎ立てたし、翌日にはクラスで噂になって、四方からからかわれたりした。まあ、その噂も一か月もしないうちに話題性を失うことになったのだが。


 ……ぷしゅっ。

 炭酸飲料に埃でも混ぜてふったような音が、俺の思考を終わらせる。

 顔を上げて視線を前方に向けると、ちょうど目の前に緑のバスが停車したところだった。

 スマホの画面を消し、立ち上がる。画面に映っていた腹立たしいカエルが視界から消えると同時に、俺は考えを切り替える。

 ……にしてもゴールデンウィークはどうすっかな?

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