口実デート
「続きまして、『宗像三女神(むなかたさんじょしん)』さんからの相談です。女性にとって理想の告白場所を教えてください。理想の告白場所かー。私は観覧車の天辺とか夕陽が綺麗に見えるベンチとかが好きかな。やっぱり、女はロマンチックを求めるからね。特に人生の大事なイベントにはね」
タブレットから流れる動画を見ながら私は自室のベッドの上で寝転がっていた。入浴、歯磨きを終え、あとは寝るだけとなった今日。ベッドでのダラダラ時間は私にとって至福のひとときだった。
最近は、恋愛系ユーチューバー『花鳥(はなどり)』の動画を見るのがマイブームだ。その理由はやはり私もまた恋する乙女の一人だからだ。想い人の名前は津島 心(つしま しん)くん。いつも一緒にいる三人組のうちの一人だ。
「次は『世界の終焉』さんからの相談。女性が喜ぶプレゼントを教えてください。なるほどね。プレゼントか……男性にもらうなら、やっぱ小物とか日用雑貨かな。なんかネットとかだと化粧品とか書いてあるけど、私はあんまりかな。自分の化粧品はダメなんだとか思っちゃうからね。さっきの相談者さんも含めプレゼントも告白場所もセンスが問われるからね。ペンネームみたいに決めてはいかんぞ。では続いては『SS』さんからの相談です」
花鳥が読み上げた名前に私はドキッとした。SSというのは私がつけたペンネームである。清水 紗奈(しみず さな)の姓名の頭文字をとってつけた名前だ。先ほどの『宗像三女神』や『世界の終焉』に比べれば、シンプルな名前だ。
「私には好きな男の子がいます。いいですね! 青春ですねー! その男の子と二人でデートをしたいと思うのですが、誘い方が分かりません。どうしたらいいでしょうか?」
自分の書いたメッセージを読まれることに嬉しさと同時に恥ずかしさも感じる。
「なるほどねー。本当はね、素直に『一緒に出かけたい』って言うのがベストなんだけど、難しいんだよね。わかるよ、わかる。だとすると口実がいるよね。けど、嘘いうのはポイントが下がる気がするから、誰かのプレゼントを買う手伝いをして欲しいとか。あとは、カップル割引の使える店に一緒に行って欲しいとか。それいいじゃん! 好きな人とカップル感が味わえて、かつ自分が彼氏いないことをさらっと告げられる。我ながら妙案じゃん!」
花鳥のアドバイスを参考に私は今一度、誘い文句について考える。そういえば、今月は彼の幼馴染みである神崎 渚(かんざき なぎさ)の誕生日だ。彼女もまたいつも一緒にいる三人組の一人である。渚の誕生日のプレゼントを買うという名目で津島くんを誘うとしよう。
決心が揺らがないうちにタブレットでチャットを開き、津島くんにメッセージを送った。
****
翌日。待ち合わせの20分前に私は集合場所に着いた。
腿丈ほどのパンツとTシャツを着飾り、防寒対策としてコートを羽織る。キャスケットを頭に被り、一昨日に渚からもらったフルーティー系の香水をつけていた。いつもと違ったコーデをすることで少しでも津島くんを振り向かせることができれば良いと思った。
緊張で張り裂けそうな心臓を抑えながら待っていると、待ち合わせの10分前に津島くんがやって来た。ジャケットにジーパンといつもと同じラフな格好だ。
「おはよう、清水」
「津島くん、おはよう。ごめんね、急に呼び出したりして」
「今日は特に予定もなかったし。じゃあ行くとするか」
揃ったところで私たちは雑貨屋へと行くことにした。渚は美容関連には繊細なため、プレゼントは日用雑貨から決めることにした。集合場所から雑貨屋までの距離は近かったためすぐにたどり着いた。店内に入るとハンカチやペンと言った小物の他、ぬいぐるみやお菓子などが置かれている様子が見られた。
「渚が好きそうなものって何かある?」
「うーん。あいつは人から貰う物は何でも喜ぶからな。抱き枕代わりの大きなぬいぐるみとかは好きそうだな。家にいる時は何かしら抱いてるから。ただ、大き過ぎると隠すのが難しいのが難点だな」
「たとえ渡したとしても持って帰るのに苦労しそうだしね。渚が最近困っていることとかあったりする?」
「そういえば、一昨日くらいに手鏡を割っちゃったって言ってたな」
「手鏡か。プレゼントには良いかもしれないね。うん、それにしよう!」
物が決まったところで手鏡のコーナーへと移動する。
「どれがいいかな?」
「俺はこういうのセンスないからな。清水ならどれをもらったら嬉しい?」
「私なら、これかな?」
取ったのはプラスチックの花で縁取られた手鏡だ。鏡部分には猫の足跡のように宝石が埋め込まれ、真ん中にブランドのロゴが入っている。
「じゃあ、それでいいんじゃないか?」
「そんな滑稽に決めて大丈夫かな?」
「清水が選んだのなら間違いないだろ。清水からもらえて、かつ買い換えようとしていた手鏡なら、渚は十分喜ぶんじゃないかな?」
「そうかな……でも、渚が今持っていない物だから無難ではあるよね」
津島くんに推され、私は手鏡を購入することにした。包装紙に包んでもらい、プレゼントのコーディングをしてもらう。受け取ったところで私たちは雑貨屋を後にした。
今日の予定は『渚への誕生日プレゼントのみ』のため津島くんとはこれでお別れ。一緒にいられたのが短かったためか何だか寂しさを感じた。
「この後って、何か用事あるか?」
雑貨屋を出て、駅の方まで歩く最中、津島くんがふと私に声をかける。
「特に用事はないよ」
「じゃあ、ちょっと見たい映画があるんだけど、一緒に見てもらってもいいか? 今日はペア割りデイだから清水がいてくれると助かるんだ」
思いがけない津島くんからの誘いに私は瞳を大きくした。
「行く!」
テンションが上がったからか前のめりで彼に返事をしてしまった。
****
映画を見終わった私たちは近くの喫茶店で感想を言い合っていた。二人で楽しく話していると最初に抱いていた緊張はどこ吹く風の如く吹き飛んでしまっていた。
話に夢中になっていると時間が過ぎるのはあっという間で、東にあった日は気づけば西へと沈みかけていた。
「ごめん、ちょっとトイレ寄っていい?」
帰り道、津島くんは照れた様子で私に言う。映画館に喫茶店と、ドリンクをたくさん飲んだので仕方のないことだろう。近くの公園へと寄ると津島くんは足早にトイレへと行った。私は近くのベンチに座りながら子供たちが遊んでいる様子を見ることにした。
元気に遊ぶ子供たち。西陽に照らされる茜色の空はとても綺麗だった。視界に入る景色を見ながら私は今日の思い出に耽る。いつもなら渚を混ぜて三人で遊んでいたので、今日みたいに津島くんと二人っきりの時間を堪能できたのは何よりも嬉しかった。
だからこそ、このまま終わりでいいのかと私の心は訴えていた。もっと津島くんと二人きりの時を過ごしたい。
「お待たせ」
トイレから帰ってきた津島くんが私に声をかける。結構長い時間待っていたが、お腹を壊していたりしたのだろうか。その証拠にお腹を押さえるようにして、ポケットに手を突っ込んでいた。私は近寄ってくる彼を見ながら深く息を吸い、ベンチから立ち上がる。
「あの……」
昨夜と同じだ。決心が揺らがないうちに私の気持ちを伝えてしまおう。
「俺もベンチで一息ついていい?」
しかし、声を出そうとした私を津島くんが牽制する。私は喉につっかかった言葉を抑えながらも再び座り直した。津島くんは私の横に静かに腰をかける。彼は私から視線を外し、何やら体をもじもじさせていた。
「今日は楽しかったな?」
「そうだね」
「あのさ、清水にひとつ聞きたいことがあるんだけど」
「何かな?」
外れた視線が私の瞳に焦点を当てる。鼓動が強く疼いたのを感じた。
「清水ってさ、もしかして花鳥のユーチューブを見てたりする?」
津島くんからの思いがけない質問に思わず、呆けた表情をする。
「う、うん。見てるけど」
「もしかして、『SS』で昨日コメントしてた?」
穏やかだった鼓動は再び早くなる。
何で知っているの。そういえば、花鳥からのアドバイスを聞いてからすぐに津島くんに連絡した。もし、津島くんも見ているなら、そう捉えられても無理はない。
「よく分かったね」
「やっぱりか。清水 紗奈の頭文字で『SS』になるから、もしかしたらと思ったんだ。それでさ実は俺もコメントしてたんだ?」
「えっ、そうなの! 何てペンネームで相談してた?」
「宗像三女神。田心姫神(タゴリヒメ)、湍津姫神(タギツヒメ)」、市杵島姫神(イチキシマヒメ)にそれぞれ俺の名前が入っているからそれにした。花鳥には名前のセンスないって言われたけど」
私は思わず眉を上げた。宗像三女神は、確か私の少し前に相談していた人物のはずだ。そういえば、彼はなんて相談していただろうか?
頭に思いつく前に津島くんがポケットにしまっていた手を私に向ける。手には私が包んでもらった包装紙と同じものが握られていた。
「センスないらしいからさ。清水が欲しいって言ってた手鏡を選んでみた。清水も一昨日誕生日だっただろ。まだ渡してないと思って。それと……」
私は津島くんのプレゼントに驚愕し、思わず言葉を失う。同時に、彼が花鳥にしていた相談内容を思い出した。
『告白場所なら、夕陽が綺麗に見えるベンチ』
「俺、清水のことがずっと好きだった。付き合ってくれないか?」
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