ミッドサマー

禁母夢

ミッドサマー

その年で一番暑くなる時期を盛夏という。


毎年盛夏の季節が到来し、そして去っていく度に喚起させられる感覚がある。夏だけが持つ特異さ、他の季節と違って取り返しのつかないような感覚にならないだろうか。


二度と帰ってこない夏、というのは考えてみればおかしな表現だ。


春も秋も冬だって一度過ぎ去ってしまえば二度と帰ってこないのは一緒なのに、夏だけが一度通り過ぎれば二度と戻ってこない遠い感傷を感じる。




多分それはある程度年齢を重ねたら一年があっという間に過ぎ去るようになるのと似ていると思う。少年時代ならある1時間や1日、1週間や1か月ごとに濃密な記憶が刻み込まれていくのと違い、大人になってからの1年間はほとんどが淡泊で全ては一度経験した規定行事のように呆気ない事のようになるんだろう。




年齢と共に人は季節の変化と自分の人生を重ねてみるようになるらしい。少年時代が春なら青年に差し掛かる頃が夏、中年が秋で老年が冬になるんだろう。


青年期の中ほどになれば実質的には衰えが始まる訳だから、実質的に人生は大半が老いと共に進むようなものだった。たとえば70まで生きるとすると、成長するのはせいぜい二十歳までで、残りの五十年は衰えと老いによって生きていく事になる。


最近、そんな事を思う様になった。




二十代になった頃、母と話をしている時に


「あっという間に一年が過ぎるようになった」


 と言ってみた。


その頃に少しずつ僕の年月の過ぎ方が加速し始めたんだろう。


「馬鹿ね、四十を過ぎたら倍くらい早くなるのよ」


そう言われた。単純に倍、と言われてもその時の僕には想像も付かなかったけれど、そういうものかなと思った。




あれから時間が経ってその話をした時の母の年齢に近づいてきて、少しずつ分かるようになった。


自分と近い年齢のプロスポーツ選手が次々にいなくなり、子供の頃見ていた芸能人が老人になっているのに気づく。


そして自分もまた同じ不可逆の流れにのり、中年に差し掛かっているんだと気づく。


つまりもう自分の人生の夏は終わりつつあるんだって。


いつか少年時代になんとなく物悲しい思いで聞いていたヒグラシの鳴いていた夏の終わりが自分にもやってきたんだ、と。




ふっと思うのは母は僕とセックスをしていたあの時期の事をどう思っていたんだろうって事だ。


僕の体の下で喘いでいた母もあの時、自分のヒグラシの声を聞いていたんだろうか。


僕はまだ十代の終盤で、母親は40代の半ばに差し掛かる頃だった。




僕と母の本当に少しだけ重なった夏はひどく熱かった記憶がある。


若い僕にとってはピークの8月に向けて熱は増す一方のような年齢だったから、そう感じたんだろう。


ただ、それはもしかしたら僕の方だけだったんじゃないかって今は思う。


もしかしたら母はずっと夏の暑さが少しずつ和らいでいくように自分の熱が冷めていくのを感じてたかもしれない。


自分の体の奥底の熱が少しずつ冷めていくのを、若い僕の発する熱量と対比するように思い続けていたんだろうか。


あの母の柔らかく熱かった肉体の向こう側には僕には見えない死の闇が広がってたんだろうか。




ある夜、ベッドで寝ころびながらカーテンの隙間から夜空を見上げていた。


そんなに空気は綺麗でもなかったけれど、その夜は不思議とよく星が見えた。


幼い頃、一緒に夏の星座を探したことを思い出していると、母はベッドから起き上がると、服も着ないままにベランダに出てしまった。


普段なら人の目を気にする母なのに、と思っていると手招きまでしてくる。


どうしたんだと思って近寄っていくと指さす空には天の川が光っていた。


少し垂れた母の乳房が目に入ったけれど、僕は何も言わずに見上げながら手で触れた。


空を見ていた母はそっと目を伏せたけれど、身を乗り出して僕にもたれてくる。


部屋の明かりは消していたから外から見てもはっきりとは見えないだろう。


普段はとても慎重だった母なのに、なぜその夜だけそんなに大胆なのかよく分からなかった。ただ僕もまた今までにない感覚を覚え、肌がソワソワしてくる。


生暖かいようなほの寒いような夜露の匂いに混じって母の体臭の香りを感じる。


そのまま僕たちは星の下で抱き合ったまま一つになった。


肌に外の風が触れながら、母の熱い胎内の熱量の違いを強く意識した。


やがて僕は母の奥深くまで入り込み、そこで限界が来て腰が震えるような寒気に似た感覚を感じて射精した。


避妊しなかったのは初めてだったから、母の熱い胎内に僕の精液がジュワっと広がってくる感触を始めて知った。そして強く意識して口の中が乾いてくる感覚がした。


立ったまま、母は僕の肩を強く掴んで倒れないように全身をしばらく震わせていた。


そのまま互いにセックスの高揚が過ぎ去るまで強く抱き着いてきた。




毎年、八月の終わりに差し掛かると真夏の熱と高揚が幻のように勢いを失う。ほんの短い夕立の後には涼しい風が流れ、気づけば夏の夜は初秋の落ち着いたものとなっていく。


夏が終わりつつある現実が目の前に迫ってくるのを嫌でも思い知らされる。


もっと夏の中でどうにもならない熱に焦がされていたかったはずなのに、秋風に冷まされるようだった。


まるで真夏の夜の夢から覚めていくように。


夏の冒険や夢も全ては終わってしまった事のように冷たい風に晒されながら色褪せていった。




夏とも秋ともつかない季節の夜空の天の川を見上げる。


真っ暗な闇の中に無数に広がる光の帯の中には織姫と彦星のロマンチックな伝説もあれば、多分暗い夜空のどこかには今は星になった母もいるんだろう。


もしかしたら生を受けられなかった母と僕の子も。


母の一生は人より短かった。


そんな事を思いながら、僕は何度目ともつかない夏の涙を流していた。




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