第23話:煽っただろ
数日後。私は明菜ちゃんをいつものバーに呼び出した。好きな人から告白されたという話をすると彼女は「そうですか」と、最初からそうなることを分かっていたかのように薄い反応をする。彼女から告白される少し前、明菜ちゃんは心愛ちゃんに呼び出されて二人で会っている。その時に彼女のことを煽ったりしたのでは無いかと疑いの目を向けると、彼女は「だってぇー彼女、私が先輩のこと誑かしてるって言いがかりつけてきたんですよ? ひどくない? むしろ逆なのにねぇ?」と開き直った。
「いや、私は君のこと誑かしてないが」
「彼女のこと忘れさせてって迫ってきたくせに」
「……あれは、忘れてくれ」
「はーい。無かったことにしまーす。でも先輩、良いんですか? 私と二人きりでこんなところ来て。彼女(仮)に怒られない?」
「本当は嫌だけど、立場が同じ人間にしか話せないこともあるだろうから我慢しますって」
「ふぅん。大人ですねぇ」
「ほんとにね」
だけど私より四つ年下の女の子だ。それを忘れて、追い込みすぎてしまったことは反省しなければならない。
「にしても、時代は変わりますねえ……私が十代の頃なんて、同性が好きなんて言ったらいじめられてましたよ」
「明菜ちゃんがレズビアンを自覚したのはいつなの?」
「聞きたいです?」
「話したくないなら話さなくても良いけど」
「じゃあ、聞いてほしいので話します」と言って、彼女は語る。初恋は幼稚園の頃で、女同士は結婚出来ないとその好きな子に言われてショックだったこと。その上に幼稚園の先生に『明菜ちゃんもいつかは男の子を好きになるから大丈夫だよ』と追い打ちをかけらたこと。そのことは今でもはっきり覚えているのに、その後両親にそのことを話して何を言われたかまでは覚えていないらしい。きっと二人なら、私の恋を肯定してくれていただろうと今ならそう思えるが、両親はすでに他界してしまって結局言えなかったと彼女は寂しそうに笑う。しんみりしてしまうと、でもねと彼女は続ける。
「母は最後にこう言ったんですよ。『私はきっともう長くないから、これだけは言っておく。私があなた達に望むことはただ一つだけ。明るく幸せな人生を送ってほしい。その幸せは、異性を愛して子供を授かることでも、良い企業に勤めることでもない。私や世間が決めるものじゃない。あなた達が決めるもの。世間の偏見に晒されるような道を選んだとしても、それがあなた達の選ぶ幸せへの道なら、私はお父さんと一緒に天国で応援するから』って。それでようやく、弟達に自分がレズビアンであることをカミングアウトすることが出来たんですよ」
彼女の話を聞いて、涙を流さずにはいられなかった。「先輩ってほんと酒入ると涙脆くなるよねー」と彼女は笑っていたが、酒のせいでは無いと思う。こんな話を聞かされて泣かない方がおかしい。
「でも良かったねぇ甘池さん。好きな人と両思いだって分かって」
私たちの話を聞いていたのか、マスターが言う。しかし、素直にありがとうとは言えなかった。
「……良かった……んですかね」
「良いんじゃない? 付き合ったわけじゃないんでしょ?」
「はい。嬉しいですけど……正直、複雑です。彼女の恋は、恋じゃなくて大人への憧れなんじゃないかって」
そんなことはない。と、思う。思いたい。しかし、やはりその可能性も捨てきれない。
「先輩ってほんと、酒入ると弱気になりますよね。普段あんな明るいのに」
「……私は君みたいに根っからの陽キャじゃないからね。どちらかと言うと、こっちが本当の私だよ」
「心愛先輩はそのこと知ってるんです?」
明菜ちゃんに言われて考える。弱みを見せたことはあるが、酔っているところを見せたことは——いや、あった気がする。うろ覚えだが、酔って電話をかけたことが一度あった気がする。なぜ今思い出すんだ。忘れたままで良かったのに。
「うん……まぁ」
「ふぅん。本性を知った上で好きだって言ってくれたんですね?」
「……ニヤニヤしおって」
「ははは。あの人、良い子ですよねぇ。私も好きですよ。恋愛的な意味じゃなくて、人として」
弄り甲斐があるからだろという突っ込みを酒で流す。「どんな子なの?」とマスターが問うと、明菜ちゃんはこう答えた。
「一言で言うなら……忠犬? あずきちゃんのこと傷つける奴は誰であろうと許さん! みたいな。でも誤解だって分かったらちゃんと謝罪出来る良い子ですよ」
忠犬。確かに、私は彼女に守られてきた。守られてばかりな気がする。
『ぬいぐるみ抱いてたら、ちょっとは落ち着くかなって。……そんな小さいのしかないけど』
野外学習の夜のことを思い出す。怖がらせないようにと、過剰なほどに気を使ってくれた。あの日のことを思い出すたびに、胸がときめいてしまう。誤魔化すように酒を煽るが、一向に治る気配はなかった。
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