第20話:そりゃ焦りますよねえ?

 放課後。校門に向かうと、校門前に森中先生と明菜さんが居るのが見えた。先生が去っていくタイミングを見計らって、明菜さんと合流する。


「森中先生となに話してたんですか?」


 問うと彼女は「先輩こそ、先生となに話してたんですか?」と聞き返してきた。私が先生に相談していたところを見ていたのだろうか。誤魔化さずに相談に乗ってもらったことを話すと、彼女は「なるほどねぇ……」と意味深な相槌を打った。


「……先生から、何か聞きました?」


「いえ、なにも。彼女は人から相談されたことを勝手に他人に話したりしないですよ。昔から正義感強くてクソ真面目なんで」


「……昔から……ね」


「中学の後輩なんですよあの人。凄い偶然ですよね。後輩が担任って」


「……」


「……ところで、私に話したいことってなんですか? 告白ですか?」


 茶化すような言い方に思わずイラッとしてしまう。やっぱり私、この人苦手だ。はっきりとその気持ちを彼女にぶつけると、彼女は何故か楽しそうにふっと笑った。そして煽るように言う。「同級生という近い距離に居ながら未成年と成人という壁に阻まれてる中で、その壁が無い人間が急に好きな人に近づいてきたら、そりゃあ焦りますよねぇ?」と。


「な……」


「続きは歩きながら話しましょうか。先輩、電車通学ですよね。私は自転車なんで、駅までですが、送りますよ。待っててください。自転車取ってきます」


 そう言って彼女は私を置いて去って行った。なんなんだあの人。本当に信じても大丈夫なのだろうか。


「お任せしました」


「……」


 自転車を持って戻ってきた彼女はそのまま校門を出て行く。このまま着いて行っても良いのかと一瞬迷ったが、話があると言ったのは私の方だったことを思い出して渋々着いていく。


「……先輩、自分の好きな人が私に惚れてるって思ってるでしょ。だからあんなに、私に辛く当たるんですよね?」


「……気づいてるなら、どうして、あずきちゃんに思わせぶりなことするの」


「してないですよ。思わせぶりなことなんて。私はただ、彼女から恋愛相談を受けてただけです」


 恋愛相談というワードに反応して、心臓が飛び跳ねた。私には言えなくて明菜さんには言える話というのがそれなのだろうか。子供に相談したって仕方ないってこと? いや、違う。と思いたい。


「……明菜さんじゃないなら、誰なの。あずきちゃんの好きな人」


 私には話したくないと彼女ははっきり言ったし、それなら聞かないと私も言った。明菜さん伝手に聞き出すのはあずきちゃんを裏切ることになる。分かっていても、思わず聞いてしまった。それに対して明菜さんは「先輩も相手が誰かまでは教えてくれなかったんで」とはぐらかす。しかし、相談の内容は知ってしまった。言えないなら聞かないと言ったのに。


「……」


「……先輩は相手が成人だから伝えることすら出来ないって思っているかもしれないですけど、伝えるくらいなら良いと思いますよ私は」


 明菜さんの口から森中先生と同じ言葉が出てきて、思わず足を止める。


「森中先生と同じこと言うんですね」


「やっぱり先生への相談ってそのことだったんですね」


「なんで……なんで、二人して告白させたがるの。告白したって彼女が断ること、分かってるくせに……」


「……先生は知らないけど、私の場合は、後悔してほしくないからですかね」


「後悔……?」


 明菜さんは語る。自分は昔、好きな女の子に告白出来なかったのだと。立場がどうとかじゃなくて、ただ、女同士だからって理由で。当時の彼女は自分がレズビアンであることに誇りを持てなかったのだという。今の彼女を見ているととてもそんな姿は想像出来ないが、嘘をついているようにも見えない。


「……明菜さんにそんな時代あったの?」


「あははっ。今の私しか知らない先輩からしたら、信じられない話でしょうね。でもほんと、当時はレズビアンであることが嫌だったんです。今はむしろ、ビアンで良かったって思ってますけどね。ビアンじゃなかったら葉月ちゃんと付き合えなかったし」


「まだ付き合ってないでしょ」


「でもこれから恋人になる予定なので。卒業するまで待ってるって、先生は言ってくれた。先輩も大人になるまで待ってって、言っちゃえば良いんですよ。大人からは立場上言えないですけど、未成年の方からなら問題ないでしょう? 大人側が応えなければ良いだけですからね。あずき先輩もそこは分かってるはずです」


 それは少々、勝手ではないだろうか。私は彼女を困らせたくない。明菜さんは好きな人を困らせたくないという気持ちはないのだろうか。問うと彼女は「むしろ困らせたいし、泣かせたい派です」と笑いながら答えた。理解出来ない。


「でも流石に、病んでしまうほど追い込んだりはしたくないですよ。ただ、私と社会的な立場を天秤にかけて揺れてる彼女の姿を見ているのが楽しいだけで」


「……悪趣味……」


「なははー。先輩も、もうちょっとわがままになったらどうですか?」


 わがまま。真面目すぎると森中先生にも言われたことを思い出す。


「……でも、私は……」


「あずき先輩に嫌われたくない?」


「……うん」


「大丈夫だと思いますよ。あずき先輩は真面目で優しい人だから。応えられないとしても、ちゃんと受け止めてくれますよ」


 森中先生にも似たようなことを言われた気がする。やはり伝えた方が良いのだろうか。伝えても、良いのだろうか。悩みながら歩いているうちに、駅に着いた。彼女は「どうします? もうちょっと寄り道します?」と提案してくれたが、これ以上話したところできっと悩みは解決しない。


「……ううん。良い。帰ります」


「そうですか。じゃあ私も帰りますね。お気をつけて」


「……はい」


 明菜さんと別れて、駅の方に向かう途中でふと気づく。私は彼女に対して失礼な態度をとっていたと。彼女のことが苦手なことに変わりはないが、謝罪と礼はすべきだろう。踵を返し、彼女に謝罪と礼を言う。そして逃げるように駅へと走る。電車に乗って一息ついたところで『あずき先輩のことキープしちゃえばいいんですよ♡葉月ちゃんが私にしてるみたいに♡』と彼女から、ハートマークを句読点代わりに使ったメッセージが届く。やっぱり彼女のこと苦手だなと苦笑しながら『キープしてるのは先生じゃなくて明菜さんの方でしょ』と返信した。

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