第19話:明菜さんに話があります

 それから約一週間。次の授業のために教室を移動していると、たまたま正面から体操服を着た和泉さんが歩いてくるのが見えた。それを見つけたあずきちゃんが「お、明菜ちゃんだ」と嬉しそうに駆け寄っていく。


「おかえり明菜ちゃん」


「ただいまでーす」


「今から体育?」


「そうなんですよ。筋肉痛なのにいきなり体育です」


「……筋肉痛とか言う割には元気そうですね」


 明菜さんの隣には見知らぬ女の子が居た。彼女は私と目が合うと怯えるように明菜さんの後ろに隠れる。


「ああ、ごめん。この人達は私の部活の先輩だよ。部長のあずき先輩と、副部長の心愛先輩。あずき先輩は私達と同じく、遅れて入学してるんだ」


 明菜さんは後ろに隠れた女の子に優しくそう声をかける。私ということは、この気弱そうな子もそうなのだろうか。彼女はあずきちゃんの年齢を聞いて「わたしより歳上……!?」と驚いた。彼女——長瀬ながせなるさんは、普通に入学してたら高校三年生らしい。つまり、後輩だが歳は私より一つ上だ。


「心愛ちゃんは年齢的には君より一個下になるわけだが、一応先輩だからな」


「は、はい。先輩」


「……別に、そう畏まらなくて良いですよ。それより……明菜さんって、ほんっと女たらしですよね」


「そんなことないですよ。一途ですよ。私は」


 へらへら笑いながら彼女は言う。私はこの胡散臭い笑顔が嫌いだ。というか、彼女が嫌いだ。悪い人ではないのは分かるが、やはり腹が立つ。


「……嫌われないと良いですね。本命の人に。行こ。あずきちゃん」


「あ、ああ……」


 あずきちゃんを連れて立ち去る。気まずい空気が流れる。


「……あずきちゃんに怒ってるわけじゃないから」


「……怒ってはいるんだな」


「怒っているというか……イラついてる。私今、どうしようもないことで悩んでて」


「私には話せない例の悩みか?」


「……うん」


「……そうか」


「……ごめん」


「君が謝ることはないよ。……話せないことがあるのはお互い様だ」


 彼女はそう言ってくれるが、気まずい空気は変わらない。『想いを伝えるくらいなら、良いと思いますよ』森中先生の言葉が蘇る。他の大人はなんと言うだろう。同じことを言うのだろうか。他の大人——。真っ先に浮かんだ顔は父でも母でもなく、明菜さんだった。


 昼休みになると私は、一年一組の教室を訪ねた。明菜さんがいる教室だ。


「……明菜さんに話があります」


「なんですか?」


「……放課後、時間取れますか」


「大丈夫ですけど」


「では、校門前で待ってますから」


 それだけ伝えて教室を出る。扉を閉めると、中から「成ちゃん、大丈夫?」と声が聞こえた。振り返ると、成さんが具合悪そうに机に突っ伏している。どうやら成ちゃんの様子がおかしいようだ。机に突っ伏して身を守るように丸くなっている。心配になり戻ろうと思ったが、彼女は私を見て怯えていた。恐らく、極度の人見知りなのだろう。知らない人が側にいた方が落ち着かないかもしれない。近くには明菜さんも居る。何とかするだろう。踵を返し、教室に戻った。

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