第18話:あなたの悩みを知りたい

 想いを伝えるくらいなら良いんじゃないかと先生は言ったが、やはり私は言えないまま時はすぎていく。気付けば六月。一年生は野外学習へ行き、部室は再び五人だけになった。


「……明菜ちゃんが居ないと少し寂しいな」


 オーブンを眺めながら、あずきちゃんが呟く。「分かる。あの人居ると居ないでだいぶ空気変わるよね」と大福が同意する。確かに、彼女が居ない部室は静かだ。こんなに静かだっただろうかと思うくらい。


「野外学習かぁ……懐かしいね」


「ナイトハイクの時の流花、可愛かったですわね」


「……変なこと思い出さないでよ彗さん」


「ふふ」


 隙あればイチャつく流花と彗に呆れつつ、あずきちゃんに目を向ける。なんだか元気が無い。あの人が居ないことがそんなに寂しいのだろうか。森中先生はあずきちゃんが和泉さんに惚れているなんて、そんなことないと言っていたが、本当はなくはないのではないのだろうか。だとしたらやっぱり、早く告白した方が良いのだろうか。そう思っていると、部室のドアが開いた。ドアを開けたのは同じクラスの男子で、彼は私を指名した。


「えっ、私? なに?」


「……ここじゃ話しづらいから、ちょっと出てきてもらっていい?」


「えっ、う、うん……ちょっと、行ってくる」


 嫌な予感がしつつも行こうとすると、制服の裾を引っ張られた。引っ張ったのはあずきちゃんだった。


「あずきちゃん?」


「……いや、ごめん。行ってらっしゃい」


「……うん」


 引き止めて何を言いたかったのだろう。気になりつつも、彼についていく。空き教室に連れて行かれて切り出された話は、想像通りだった。告白だ。


「ごめんなさい」


 告白を断ると彼はやっぱりダメかと呟いた。どうやらフラれることは想定していたらしい。それでも伝えたかったのだと彼は語り、一呼吸置いてから震える声で尋ねた。「間違ってたらごめんなんだけど、柊木さんは女が好きなんだろ?」と。私は女性が好きというより、あずきちゃんが好きなのだけど、もし彼女が男性だったとしても同じように好きになっていたかどうかを考えると、なっていなかった気もする。そもそも、男性に対してときめいたことが無い。レズビアンだとはっきり言える自信はないが、多分そうなのだろう。そう答えると彼はやっぱりそうなんだと納得して、話聞いてくれてありがとうと頭を下げて、時間取らせてごめんねと謝って教室を出て行った。涙声だった。今すぐに教室を出たら気まずいなと思い、適当な椅子に座って少し待っていると、再びドアが開いた。入ってきたのは彼ではなく、大福だった。


「なかなか戻ってこないから気になって来ちゃった」


 そう言って彼女は私の前の席に座って私の方を見る。


「あずきちゃんじゃなくてごめんね?」


「……別に。……ねえ」


「ん?」


「……告白、した方が良いと思う?」


「……うーん。今の心愛ちゃん見てると、正直に話しちゃった方が良いかなって思うかも。全然隠せてないし。あずきちゃんもなんとなく気づいてるんじゃないかな」


「……」


「……まぁ、言えないよね。分かるよ。私も、今気になってる人があずきちゃんより歳上の人だから」


「歳上って、どれくらい?」


「うーん……一回り以上?」


「おじさんじゃん」


「おじさんは良いぞ」


「あんた、枯れ専だったの?」


「まだ全然枯れて無いし! 向こうは私のこと、子供扱いするんだ。それが寂しいけど……同時にホッとする。流花ちゃんの話を聞いた後だからかな。私のことを子供としか思ってないところが、ちゃんとした大人って感じで好きなんだ。だから告白して、万が一意識されたらって思うと怖くなっちゃう。今の私には好きって言ってほしくない。まぁ、そんな心配無いと思うけどね。そもそも歳上が好みらしいし。だから……諦め切れたわけじゃ無いけど、半分は諦めてる」


「……そっか」


「おっと、同情は要らねえぜ。今も言ったけど、半分くらいは諦めついてるから。大人になっても気持ちが変わらなかったら告るつもりではいるけど」


「大人になったら……か」


「……とりあえずさ、部室戻ろうよ。今ここで悩んだってきっと答えは一生出ないし、戻らないとあずきちゃん達も心配するし」


 大福の言う通りだ。今悩んだってきっと答えは出ない。素直に頷いて部室に戻ると、ちょうどカップケーキが焼き上がっていた。「もしかして焼き上がるタイミング見計らってた?」なんて、あずきちゃんが冗談っぽく笑う。いつも通りだ。引き留めた時の不安そうな顔はなんだったんだと思うくらい。本当に、あれはなんだったのだろう。一体、彼女は心の中に何を抱えているのだろう。明菜さんだけにではなく、私にも教えてほしい。頼ってほしい。その気持ちは、本当に今は飲み込むしかないのだろうか。

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