第16話:話せない悩み
学年が一つ上がった。彼女との年齢差は縮まることは無いけれど、大人という同じ土俵へは日々一歩ずつ近づいている。そこに辿り着くまでに彼女が待っていてくれるかどうかは分からないけれど。
学年が上がって一週間ほどで、噂が流れ始めた。どうやら新入生にもあずきちゃんのような過年度生がいるらしい。彼女はその話を聞いて興味を示していたが、私は正直、関わらないでほしいと思ってしまった。そんな私の想いとは裏腹に、その新入生はよりにもよって部活の後輩となってしまった。
一つ下の学年の過年度生、
「……大福、あの人どう思う?」
「あの人?」
「明菜さん」
「あー……めちゃくちゃモテそうだよね」
「……」
「うん。分かるよ。ありゃ不安になりますわな」
「でも和泉さん、好きな人が居るらしいですわよ」
私と大福の会話にしれっと入ってきた彗曰く、明菜さんは自分のクラスの担任に猛アタックしているらしい。明菜さんのクラスの担任は国語の森中先生。彗が後輩たちから仕入れてくれた情報によると、明菜さんと森中先生は中学の先輩後輩だったらしい。一年生の間では知らない人はいないくらい噂になっているようだ。
「……のくせにあずきちゃんと飲みに行ってるのね」
「別に深い意味はないんじゃない? 過年度生同士だしレズビアン同士だし、そりゃ意気投合するでしょうよ」
と、大福は言う。他人事だと思って。
過年度生同士でレズビアンだから。本当に、それだけなのだろうか。彼女と笑い合うあずきちゃんを見るたびにモヤモヤしてしまう。二人で飲みに行って、どんな話をしているのだろう。どうしても気になって、二人きりになった時に聞いてみるが、あずきちゃんは「大人の話だよ」と笑って誤魔化した。
「……何それ。子供の私には話せない話?」
「そう。エッチな話」
「エッ……!」
「あははっ。顔真っ赤」
「か、揶揄わないでよ!」
「ごめんごめん。冗談。けど……君に話せない話をしているのはほんと。あ、悪口を言ってるわけじゃないぞ! ただ……ごめんね。君には、どうしても言えないんだ」
なんでと問い詰めたかった。子供扱いするなと怒りたかった。だけど、出来なかった。聞き分けのない子供だと思われたくなくて言葉を飲み込んだ。だけど、実際、私は子供だ。子供であるが故に相談すらしてもらえない。悔しくて溢れそうになる涙を彼女に見せないように彼女に背を向ける。
「……怒ってる?」
「……ううん。怒ってないよ。私が子供なのは事実だし。……怒っても仕方ないことだもん。……大人同士でしか出来ない話もあるよね」
「……そうか」
「……今日も飲みに行くの?」
「いや、流石にそんな毎日は行かないよ。私もそんなにお酒強いわけじゃないし」
「……そう」
「……行かないでほしい?」
「……明菜さんにしか出来ない相談があるんでしょ。だったら止めない。私が嫌いだから話せないわけじゃないことくらいは分かってるから安心して。ただちょっと……寂しいだけ」
嘘だ。本当は行かないでほしい。私だけを見てほしい。隠し事なんてしないで欲しい。そんな気持ちを必死に抑えて、精一杯強がる。
「……心愛ちゃん、私さ——」
その先の言葉を待つが、彼女は黙り込んでしまった。私には言えなかったその続きはきっと、明菜さんには言えたことなのだろう。悔しさも妬みも寂しさも全て飲み込んで「大丈夫だよ」と笑顔を作る。
「……私も、あずきちゃんに話せない悩みがあるから。お互い様だよ」
「私には話せない悩み?」
「気になる?」
「……その悩みは、大福ちゃんや流花ちゃんには話せてるの?」
「……うん。大福も、流花も、彗も知ってる。……あずきちゃんにも、そのうち話したい。でも、今は言えない」
「そうか。……分かった。じゃあ、話せる日が来るまで待ってるよ」
待ってる。その一言で心臓が跳ねた。その一言に期待しても良いのか確かめたくなるが、堪えて「ありがとう」と、冷静を装って返す。すると彼女は私の背中にもたれかかって、こちらを見ないまま言う。「私の悩みもいつか君に話すから、もう少しだけ待ってて」と。どんな顔をして言っているのだろうか。悩みってなんなのだろう。確かめるのがなんとなく怖くて、背中合わせのまま相槌を打った。
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