第14話:ただの憧れなら

 それから数日ほど経って、流花から彗と話をしたという連絡を受けた。二人の絆はこれからますます深まっていくのだろう。一方、彼女は野外学習の夜のことなんてまるでなかったかのように振る舞っているし、私もそれに合わせている。それ以上踏み込めないまま時はゆっくりと流れて、年が明けた。一月一日。彼女の二十歳の誕生日。おめでとうとメッセージを送る指が震えた。それに対して、ありがとうという返事は早かった。


 その日の夜。彼女から電話がかかってきた。珍しいなと思いながら応答する。


「どうしたの。あずきちゃん」


「んー……いや、特に用事はないんだけどね。ちょっと……なんか、君の声が聴きたくなっちゃって」


「へ……? な、なにそれ」


「あはは……ごめん。なんだろう……酔ってんのかなぁ……」


 電話越しに聞こえた彼女の声は何故か涙声だった。何かあったのかと心配するが、何もないと彼女は言う。父は泣き上戸で、酔ってくると泣き出す。彼女も同じタイプの人間なのだろうか。


「……何本飲んだの?」


「んー。わかんない。覚えてない。けど、ちょっと飲みすぎたのは分かる」


「覚えてないくらい飲むって相当でしょ。大丈夫なの?」


「大丈夫大丈夫。ちょっとふわふわするけど……」


「それ、大丈夫じゃなくない? もう寝たら?」


「やだ。心愛ちゃんと話したい」


「私と話したいって……」


「あのね。私、心愛ちゃんに言いたいことがあるの」


「え。な、なぁに?」


「……私ね、成人するまで生きられるかわかんなくて。別にそれでも良いやなんて思ってた。けど、なんだかんだで、今は生きてて良かったなぁって思えてるんだ。そう思える日が来るなんて思わなかった。……普通に高校に通えなかったことは、ある意味良かったのかなって、今は思うよ」


「どうして?」


「結果論だけど……君に出会えたから。五つ年下の同級生なんて、馴染めるかなって不安だったけど……勇気を出して打ち明けて良かった。今、毎日が楽しい。ありがとね。心愛ちゃん」


「……それをわざわざ伝えるために電話を?」


「迷惑だった?」


「……ううん。全然」


 それからしばらく他愛もない話をして、やがて彼女の声がだんだんと途切れていき、寝息に変わった。呼びかけても返事がないことを何度も確認してから、言葉を放つ。「好きだよ」と。意識があっても聞き取れたか分からないほどか細い声に乗った言葉が胸を打つ。ああ、やっぱりこれは、ただの憧れじゃない。ただの憧れならきっとこんなに苦しくならないから。

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