第13話:流花の悩み

 約束の土曜日。待ち合わせ場所に行って待っていると「心愛さん」と流花の声。私服姿の彼女を見るのは初めてで、目の前にいる彼女が流花だと気づくまでに少し時間がかかった。

 くすみがかった青色のワンピースに麦わら帽子。シンプルだが上品で可愛らしい。彼女は女子からカッコいいとキャーキャー言われるタイプだから、勝手にボーイッシュな私服を想像していたが、意外と似合っている。


「……変?」


「いや、変ではないよ。可愛い。ただ、意外だなって」


「よく言われる。でも心愛さんも意外だと思う」


 そう言われた私は、白い無地のTシャツに黒のパンツ、そしてキャップというシンプルな服装。ワンピースは持っているが、あまり着ない。


「彗とのデートの時もそんな感じなの?」


「いや、今日は彗さんに無理矢理……とびっきり可愛くしてあげますわって張り切ってて……」


「なんでそんな、デートにいく友人の手助けするみたいなノリなのよ」


「……私ってこんな見た目だから、王子様的な振る舞いを期待されることが多くて。だから『わたくし以外にもあなたを可愛いと思ってくれる人が居ることをあなたは知るべきですわ』って」


 言いながら、照れるように私から目を逸らして顔を隠す流花。聞いているこっちが恥ずかしくなる。同時に、他の人に可愛いって言われてる彼女を見て嫉妬してる私の器の小ささが身に染みた。


「めちゃくちゃ愛されてるのね。あなたって」


「あはは……でもね、たまに思うんだ。彗さんのそういうところ、重いなって」


「流花の口から重いなんて言葉が出てくるとは思わなかった」


「ああ、えっと、うざいとかそういうのじゃなくて、嬉しいんだ。嬉しいけど……私はそれに見合うものを返せてるのかなって。たくさん我慢させてるんだろうなって、時々、思ってしまう」


 ベンチに座って、言葉を絞り出すように彼女は語った。彗と上手くいっているように見えた彼女の口から『恋人からの愛が重い』という言葉が出てきたことに衝撃を受けたが、黙って最後まで聞いていると、それは彼女を想っているが故の本音だということはすぐに伝わった。

 そういえば流花は言っていた。『私、駄目なんだ』と。何が駄目なのか改めて聞くと、彼女は俯いて語る。


「前に、知り合いが悪い大人に騙されたって話したよね」


「うん」


「……あれ以来、人から向けられる恋愛感情——というか、性欲? が、怖くて。大好きな彼女でも、平気じゃなくて。むしろ、好きだからこそ嫌だって、思っちゃうようになって」


「……トラウマになったってことね」


「……うん。あの件があって以来、心が二つに別れちゃったみたいな感じなんだ。怖いのに、気持ち悪いのに、触れてもらえないのが辛い。あの日から彗さん、ずっと我慢してる。私のためにずっと。抱きしめてもくれない」


 そう彼女は言うが、私の記憶の中には彼女を抱き寄せる彗の姿がある。あずきちゃんが成人と未成年の恋愛についてどう思うかって聞いた日のことだ。つい最近のことだが、流花の記憶からは消えているのだろうか。確かめてみると、彼女はちゃんと覚えていた。


「あの時みたいに、無意識でしてくれることはあるんだ。でも、すぐに離しちゃうの」


 確かに、言われてみればあの時も彗はすぐに流花から離れようとしていた気がする。


「無意識か、私から頼まないとしてくれないの。自分からはしてくれない。しても良いかって聞いてすらくれない。それは私のためだって、分かるんだけど……分かるからこそ、辛いんだ」


「……」


 流花の話を聞いて、野外学習の夜のことを思い出す。抱きしめてやろうとして触れないでと拒否されたあの夜のことを。彼女も流花のように心が二つあったりするのだろうか。私の気遣いを、重いと感じていたりしたのだろうか。


「……私が彗の立場でも、きっと同じようにすると思う」


「うん。だろうね。私も多分、そうする。強引に触れて傷つけたくないから。抱きしめて良いかって聞いて拒否されるのが怖いから。だから……私が頑張って克服しなきゃいけない。そのために君を呼んだ」


「……私のこと抱きしめてみてよとか言わないわよね?」


「い、いや、言わないよ。ていうか、心愛さんとのハグは普通に出来ると思う。彗さんだから無理なんだ。だから、彗さんの協力がないと克服出来ない。でも私、彗さんの愛が重いって思ってるから。その本音は彗さんには、受け取ってほしくないから。彗さん以外の誰かに受け止めてほしかったんだ」


「……ふぅん。なんでその役割を私に託したの?」


「心愛さん、彗さんに似てるから。愛が重そうなところが」


「……は? なにそれ。貶してんの? 褒めてんの?」


「えっと……両方?」


「何よそれ」


「心愛さんの好きな人、あずきさんだよね」


「……うん。そうだよ。……大人に憧れてるだけに見える?」


「……分からない。けど……相手があずきさんじゃない私の知らない大人だったらきっと、私は全力で止めてる」


「……あずきちゃんは良いの?」


「あずきさんは信頼できる大人だから。例え君が告白したってちゃんと断る人だって信じられる。君だって、分かってるから言えないんでしょ」


「……うん。本当は、私が大人になるまで待っててって、言いたい。言いたいけど……言えない。二年も三年も待たせたくない。彼女を縛りたくない」


「……やっぱり君は似てるな。彗さんに。結局……話し合うしか、ないんじゃないかな。私も、君も」


「……でも」


「あずきさん、とっくに気付いてると思うよ。君の気持ちに」


「……」


「……まぁ、言えないよね。私も……何をどう伝えたら良いかわからない。そもそも、自分の気持ちがわからない。……私は本当に、彼女を愛してるのかな」


 彼女の呟きに、思わず「は?」と声が漏れた。彼女も「え?」ときょとんとした顔で私を見る。


「彼女を傷つけたくなくてこんなに悩んでるのに愛じゃないわけないでしょお馬鹿」


「あいてっ」


「私はともかく……あんたは今すぐにでも話せるでしょ。同い年で、年齢の壁なんてないんだから。私は無理。例え気づいていたとしても、言えない。……大人になるまでは、言わない」


「……そっか。……うん。じゃあ、私も頑張って話してみる」


「……うん。応援してる。ありがとね。話聞いてくれて」


「こちらこそ、ありがとう」


「……」


 正直、私は彼女が妬ましかった。同い年の子と両思いになれていることが。だけど、あずきちゃん以外の人を好きになりたいとは思えない。彼女が良い。彼女じゃなきゃ嫌だ。これはやっぱり、大人へ憧れなんてものではないと思う。

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