第12話:あなたに触れたい、触れたくない
見た目は私達より歳下の女の子だけど、中身は私達より大人な女性。そんなギャップが良いと言って、彼女に告白する人は後を絶たない。レズビアンだから。それ以前に大人と子供だから。彼女は今のところはその一点張りで告白を断り続けている。そこに『すでに恋人がいるから』という理由は今のところ入っていない。『恋人がいるからって言えたら楽なんだけどなぁ』なんてため息をついていたが、嘘はつきたくないらしい。そんな嘘をついたらそれはそれでめんどくさいことになりそうだからとのこと。気持ちは分かる。みんな恋愛に興味津々だから。誰と誰が付き合ったとか、別れたとか、いつまでに恋人を作りたいとか、恋人とどこまでいったとか、どこで出会ったのか、教室で飛び交う会話はそんなのばかりだ。それも異性の話ばかり。つまらない。つまらないのに、あずきちゃんはそんなつまらない話を楽しそうに聞いている。そんなつまらない話より、私の話を聞いてほしいなんて思うけれど、別に特別話したいことがあるわけじゃない。ただ、私以外と話す彼女が気に入らないというか、寂しいだけだ。だけどその気持ちを素直にぶつけることも出来ない。その感情は、ただの友達に向けるものじゃないから。私は彼女を友達だと思っている。友達だと、思わなければいけない。そう自分に言い聞かせて、気持ちを紛らわせるために廊下に出る。
「あ。心愛さん。ちょうどよかった」
ちょうどこっちに向かって来ていた流花と目が合った。私に用があったらしく、声をかけてきた。
「私と彗さん、今日は部活休むから」
「……二人揃って? なに? デート?」
「ち、違うよ。彗さんが風邪を引いたから看病に行くの。大したことはないとは言っていたけど、彗さんのご両親は忙しいから。一人は心細いだろうと思って」
「……そう。分かった。部長に伝えとく」
「お願いね。じゃあ」
用件だけを伝えて立ち去ろうとする流花の腕を掴んで引き止める。彼女は「どうしたの?」と不思議そうに振り返る。別に大した用はない。なぜ引き止めたのか自分でも分からずに黙ってしまうと、彼女は「何か悩みがあるなら聞くよ」と優しく微笑んだ。悩み。悩みはある。どうしようもない悩みが一つ。
「……流花は、彗に触れたいって思うことある?」
壁にもたれかかって呟くように問う。彼女は答えない。顔を見ると、複雑そうに顔を顰めていた。
「……ごめん。セクハラだったかもしれない」
「……いや、構わないよ。……心愛さん、好きな人が居るの?」
「……うん。でも、嫌なの」
「嫌?」
「触れたいとか、独占したいとか、そういう感情を彼女に抱いてしまうのが、嫌なんだ」
それを誰かにこぼしたところで、恋ってそういうものだよと返ってくるだけだ。大福はそうは言わなさそうだけど、多分、共感もしてくれない。ただ話を聞いてくれるだけ。かといって、流花なら共感してくれると思ったわけでもなかった。だけど、彗と流花はなんだか他のカップルとは違う気がしていた。初めてのキスはいつだったとか、どこまでいったとか、彗と流花からはそういう話を聞いたことがなかったから。二人がキスやその先のことをしているイメージが湧かなかった。二人の中にはそういう欲はないのではないだろうか。そんなことを思ったけれど、そんなことはないと彼女は首を振って否定する。だけど……と、視線を伏せて言葉を絞り出すようにこう続けた。「そうやって自分を責める必要なんて、ないと思うよ」と。それは私に向けられた言葉ではないような気がした。
「……彗も、流花と付き合って、苦しいこととかある?」
「むしろ苦しいことだらけだよ。たくさん我慢させちゃってるし。……私、駄目なんだ」
「駄目って、何が?」
問うと、彼女は口篭ってしまった。
「……今度でも良いかな。今度ゆっくり、二人で話がしたい。あ、勘違いしないでね!? 私は彗さん一筋だから!」
「心配しなくてもしないわよ……。私も今は誰かを好きになれる気がしないし。なれたら、楽なんだけど」
「……そっか。そうだよね」
「……今週の土曜日、空いてる」
「私も空いてる。また後で連絡するね」
「うん」
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