第10話:どうか気付かないで

 その日の夜、夢を見た。現実少し大人びた心愛ちゃんに、抱かせてくれと迫られる夢。断ると、彼女は笑って言った。『私はもう大人になったから大丈夫だよ』と。大人しく身を委ねると彼女はぽつりと呟いた。『なんか、小学生を抱いてるみたいで興奮する』と。思わず彼女を突き飛ばしたところで、自分の悲鳴で目が覚めた。隣で寝ていた心愛ちゃんも目を覚ましてしまったようで、心配そうに私に声をかけてくれた。


「ごめん……起こした?」


「ううん……眠れなくて起きてた。うなされてたけど、大丈夫?」


「……うん。大丈夫だよ。ちょっと、嫌な夢を見てしまって」


「……こっち、来る?」


 そう言って彼女は遠慮がちに布団を叩いた。しかし、夢の内容を思い出して躊躇ってしまう。


「……ごめん。いや、あの、心愛ちゃんが嫌とかじゃないんだ。違うの。違うんだけど……今は……その……触らないでほしい……」


 決して嫌いになったわけじゃない。そう必死に訴える。彼女はそれ以上は詮索せずに「分かった」と一言言って私に背を向けた。傷つけてしまっただろうかと思っていると、再びこちらを向いた。そして手を伸ばし、私の布団にそっと何かを置く。


「……これ、貸してあげる」


 そう言って彼女が私の布団に置いたのは、子犬のぬいぐるみ。彼女のリュックについていたマスコットキーホルダーだ。意図がわからずにぬいぐるみを見つめていると、彼女は言った。


「……ぬいぐるみ抱いてたら、ちょっとは落ち着くかなって。……そんな小さいのしかないけど」


 触れないでと言った理由も、悪夢の内容も聞かずに、どうしたら私が落ち着けるかだけを考えてくれる。その優しさは、本当に友人に向けるものだろうか。暗くて表情は見えないけれど、見えなくて良かったとも思った。今はその優しさの真意を確かめるのが怖いから。

 素直にぬいぐるみを受け取り、抱きしめる。お礼を言うと彼女はうんと小さく相槌を打ってまた私に背を向ける。その後ろ姿に手を伸ばしかけて、引っ込める。胸がキュッと締め付けられて、高鳴る。同時に彼女に触れてほしいという情欲がじわじわと湧き上がってくる。あんな悪夢を見たばかりだというのに。現実の彼女はあんなことを言わないだろうという確信をしてしまったからだろうか。


『身体は子供なのに中身は大人って、合法ロリじゃん』


 初めてそう言われたのは、兄の友人からだった。その後彼は『彼氏いるの?』とか『その身体でセックスできんの?』とか、兄のいないところで色々と聞いてきた。それを知った兄は、彼がそんなこと言うやつだと思わなかったとショックを受けていたが、友人の彼より妹の私の証言を信じて、彼を二度と私に近づけさせないと約束してくれた。彼は冗談のつもりだったのだろう。だけど、私にとっては冗談では済まなかった。本当は幼い子が好きだけど、犯罪になるから手を出せない。だけど、私みたいな成人女性なら手を出しても良い。そんな発想が気持ち悪い。見た目が幼い成人女性を幼女の代替品として見ている奴らが気持ち悪い。未成年に性欲を抱く奴らが気持ち悪い。私は違う。確かに彼女のことは好きだ。だけどその好きは、性欲からくるものではない。違う。


『未成年を好きになる大人は気持ち悪いし、未成年からの恋心に簡単に応える大人も信用出来ない。……あずきさんがまともな大人でホッとしてる』


 流花ちゃんの言葉が蘇る。こうやって葛藤していることを知ったら、彼女はきっと幻滅するだろう。この醜い欲望は誰にも知られたくない。知られてはいけない。

 彼女に背を向けて、湧き上がる欲を抑えるようにぬいぐるみを抱く。こんな欲望、未成年の女の子に向けて良いものではない。せめて、彼女が成人するまでは隠し通さなければ。そう決意して、目を閉じた。

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