第9話:これからも、友達で居て

 ナイトハイクが終わった後は風呂の時間。二クラスずつ大浴場に入るのだが、あずきちゃんは個室の風呂に入るらしい。


「レズビアンだから気使ってんのかなぁ」


「えっ、そうなの? てか、だとしたら勝手に言っちゃ駄目じゃない? アウティングってやつじゃない? それ」


「えー。だって、みんな知ってると思ったんだもん。てか、あずきちゃんも隠すつもりないと思うよ。男子に告られてビアンだから無理ってはっきり言ったらしいし」


「フるための言い訳じゃない? それ」


 と、彼女が大浴場に来ない理由に関して色々な憶測が飛び交っているが、私は自分のせいだと思っていた。


「……ねえ大福。さっきの、絶対バレたよね」


「バレただろうねえ……あれで気付かなかったら相当鈍感だと思う」


「……お風呂来なかったのも、私のせいだよね」


「それはどうだろう。本当にただの生理なのかもよ。それか、単に大浴場が苦手なだけか」


「……良いよ気を遣わなくて」


「……話してきたら? 二人きりで。私ちょっと長めに入ってるから」


「……気まずい」


「まぁそうだろうね。でも私的にはこのままでいられたほうが気まずいんだけどなぁ」


「……分かったよ。ちょっと話してくる。先出るね」


「行ってらっしゃーい」


 さっさと風呂を出て、あずきちゃんの元を訪ねようとすると通りすがった須賀先生から「甘池ちゃんならテントの方行ったよ」と声をかけられた。


「……」


「あれ。甘池ちゃんに会いにきたんじゃなかった? もしかして用があったのはあたし?」


「い、いえ、先生には用はないです。その……ありがとうございます」


「ん? おう。……甘池ちゃんとなんかあった?」


「いえ。なにも」


「……そうか。まぁ、頑張れよ」


 先生に言われた通り、テントへ向かう。外から声をかけると、少し間を空けて彼女が出てきた。


「お。心愛ちゃんどうした?」


「……さっきの、その……」


「ん? さっき?」


 なんの話? と、彼女は首を傾げる。いつも通りの彼女だ。不自然なほどに。私は何も気付いていないと言い張るように。それは素の反応なのか、それとも気付かないふりをしているのか。どちらかわからないけれど、どちらにせよ、それ以上踏み込まないでくれと言われているように感じた。


「どうした?」


「その……えっと……」


「うん」


 言葉に詰まってしまうが、彼女は急かさずに私の言葉を待ってくれる。


「……わ、私、あずきちゃんのこと友達だと思ってるから」


 必死に言葉を選んでようやく出た言葉はそれだった。


「……え? なんだ急に。そんなことをわざわざ言いにきたのか?」


 きょとんとする彼女。そりゃそうだ。なんの脈絡もなくこんなこと言われたら反応に困る。


「……ごめん。急に。風呂でさ、聞いちゃったんだ。あずきちゃんが、レズビアンだってこと」


「ああ……うん。そうだよ。……だからわざわざそんなことを言いにきたの?」


 そういう彼女の声はいつもより暗い。余計なことを言ったかもしれない。


「勘違いしないでほしい。私も女の子と付き合ったことあるから、レズビアンだからって女性なら誰でも良いわけじゃないのは理解してるし……私のことそういう目で見てるのって疑われる辛さもわかる。だから……お風呂、来なかったのかなって思って」


「……そっか。そうなんだ。気を使ってくれてありがとう」


「う、うん……なんかごめんね。余計な気遣いだったかな……」


「ううん。ありがとう。……確かに大浴場に行かなかったのはそれもあるけど……胸に手術痕があってさ。あんまり見られたくないんだよね。理由としてはそっちの方が大きいかな」


「……手術痕……」


「そう。心臓の手術をしたんだ。それをしないと死ぬって言われて。私としては別にもう、死んでも良かったんだけどね。当時の私はそのまま死ぬことより、身体にメスを入れることの方が怖かった」


 なんでもないことのように彼女はそう語る。死んでも良かったなんて軽々しく言わないでよと、口から出かけた言葉は喉の奥につっかえて引っ込んだ。その言葉はきっと言われたくないだろう。


「……それなのにどうして、手術を受けたの?」


「……家族に、生きてほしいって必死にお願いされて根負けした。目が覚めて手術は無事に成功したって聞かされた時、正直素直に喜べなかったよ。生きたいと思える理由なんてなかったから。でも……今は生きて良かったと思えてる。こんな見た目だから揶揄われることも多いけど……君みたいに、庇ってくれる人も居る。捨てたもんじゃないなって、思うよ」


「……そうなんだ」


「……今君さ、死んでも良かったなんて言わないでって思ったでしょ」


「そ、そんなこと……」


「いや、良いんだ。サラッと重いこと言ってごめん。……優しいよね。君は。私が言わないでほしい言葉は言わないでくれる」


 そう言って、彼女はようやく私の顔を見た。そして静かに言った。「私も君のこと友達だと思ってる」と。しばらく彼女と見つめ合う。私が何を言わないでほしいと思ってるかわかるよね? と、言葉にはしなかったけれどそう言っているような気がした。目を逸らすと、彼女は一呼吸置いて追い討ちをかける。「これからも、友達でいてくれるよね」と。私は俯き、うんと頷くことしか出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る