第6話:尊敬してるから
翌日。私はホームルームの時間を借りてクラスメイト達にも年齢のことを打ち明けた。するとどこからか「二十歳って。合法ロリじゃん」と茶化すような声が飛んできた。ああやっぱりそれ言われるんだと苦笑いすると、心愛ちゃんが庇ってくれた。
「……ありがとう。心愛ちゃん。まぁその、なんだ……別に歳上だから敬えとか、そういうことを言いたいわけじゃないんだ。ただ、黙ってるとみんなのこと騙してるみたいで後ろめたくて。今まで通り接してくれると嬉しい」
私の年齢の件は、噂として一気に広まった。ほとんどの人は変わらず同級生として接してくれたが、すれ違い様に「あ、合法ロリの人」と言われることもしばしば。君達から見たらむしろ違法だぞなんて冗談っぽく笑い飛ばしたが、正直、しんどかった。しかし、打ち明けたことで後ろめたさはなくなった。どっちが良いかと問われたら、打ち明けて良かったと思っていた。
それから一ヶ月ほどが経って、野外学習が始まる少し前。クラスの男子から話があると空き教室に呼び出された。なんの話かと問うと彼は言った。「俺、甘池さんが好き」と。小中とあまり学校に通ってこなかった私にとってそれは、初めての告白だった。
「それは……恋愛的な意味で?」
「うん」
「そうか。分かった。気持ちだけ受け取っておこう」
「……えっ。いや、冗談じゃなくて本気なんだけど」
「分かってるよ。だから気持ちだけ受け取っておく。私は誰に告白されようが付き合う気はないよ。大人だから、未成年の少年少女と恋愛関係になることは出来な「は? なにそれ。対等だって言ったのは嘘だったわけ?」」
言葉を遮って放たれた声は一変して冷たかった。対等に扱えって言ったくせに俺のこと子供扱いするのかという苛立ちが伝わってくる。正直、怖い。だけど恐怖は表に出さないように押さえ込んで、冷静に対応する。
「生徒と付き合ってる教師なんていくらでもいるじゃん。なにが問題なの?」
「相手を恋愛対象として見ることが対等に扱うことだと、君は思ってるのか?」
上手く言葉にできずに、誤魔化すように質問で返す。すると彼はそうは言ってないと首を振った。
「付き合えない理由を年齢で誤魔化さずにはっきり言ってくれって言ってんだよ。そしたら俺も諦めがつくから」
「……そもそも私、女性が好きなんだ」
「は? いや、だから……そういう嘘で誤魔化すなって」
「……本当だよ。本当のことを言えないから誤魔化してるわけじゃない。まぁでも、君が同年代の女性だったとしても、嘘ついてるって決めつけて一方的に苛立ちをぶつけてくる人は無理だ。諦めてくれ」
はっきりそう言うと彼は「俺だって甘池さんがそんな冷たい人だと知ってたら好きにならなかったよ」と吐き捨て、泣きながら教室を出て行った。レズビアンであることを嘘だと決めつけられてムカついたといえ、少々酷い言い方をしてしまった気がする。大人気なかっただろうか。
『生徒と付き合ってる教師なんていくらでもいるじゃん。なにが問題なの?』
彼が居なくなった教室で一人、答えられずに誤魔化してしまった彼の疑問に対する答えを探す。だけどいくら探しても上手く言葉に出来ない。
どう話せば納得してもらえたのだろうかとしばらく立ち尽くしていると、カラカラと教室のドアが開く。入ってきたのは部員達だった。私がなかなか戻ってこないのを心配してわざわざみんなで来てくれたらしい。
「あずきちゃんどうしたの? あいつになんか言われた?」
「……ちょっとね」
「……シメてくる」
「い、いや、シメなくていいから。……あのさ、みんなは、どう思う?」
「「「「なにが?」」」」
「未成年と成人の恋愛について」
「えっ……付き合うの?」
「つ、付き合うわけないでしょ!」
流花ちゃんの問いを私の代わりに心愛ちゃんが全力で否定する。彼女達は成人と未成年の恋愛のなにが駄目なのか説明出来るのだろうか。聞いてみると心愛ちゃんは口籠ってしまった。代わりに流花ちゃんが「親の受け売りだけど」と手を挙げて答える。
「私達未成年は大人からみたら恋と憧れの区別もつかないくらい心身共に未熟だから。大人はそんな私達を守る義務がある。って、親は言ってたけど……恋と憧れの区別もつかないって部分にはちょっと、反論したくなるかなぁ」
そう言って彼女は彗ちゃんの方をチラッと見た後「でも……」と俯いてこう続けた。
「言いたいことは、分かる。……本当にそれが純愛だというなら相手が大人になるまでは手を出さないのが大人だと思う。手出したらその子の未来がどうなるかなんて、大人なら想像つくだろうし」
そう語る彼女の声にはどこか怒りがこもっているような気がした。それはどうやら気のせいではないようで、彼女は自らその怒りの理由を話した。「知り合いの女の子が、家庭教師の男と付き合ってて、色々あって」と。その色々について詳しくは語らなかったが、深掘りしない方がいいことは伝わる。
「意見くれてありがとう。私さっき、大人と子供の恋愛の何が駄目なんだって聞かれて、上手く答えられなくてさ。告白とかされる想定してなかったから完全に油断してた」
「私が大人側だったとしても相手の恋心を否定せずに上手く説得するのは難しいと思うよ。自分が恋だと信じているものを憧れだと大人に決めつけられる辛さは、私にも痛いほど分かっちゃうし」
握りしめた拳と声を震わせながら、彼女は続ける。
「だから私、当時は彼女の味方しちゃってたんだ。彼女の恋を否定する大人たちは敵だと思ってた。姉さんがああなったのは私のせ——「流花」
流花ちゃんの言葉を遮るように、彗ちゃんが彼女を抱き寄せた。彗ちゃんはハッとして流花ちゃんを離そうとしたが、流花ちゃんは彼女の背中に腕を回した。そして彼女の肩に顔を埋めたまま「ごめん」と小さく謝った。そしてその状態のまま「みんなも、ごめんね。重い話をしてしまって」と私達にも謝る。
「……彼女のことがあるまでは私も、成人と未成年の恋愛の何が駄目なのか理解出来なかった。けど今は、未成年を好きになる大人は気持ち悪いし、未成年からの恋心に簡単に応える大人も信用出来ないと思ってる。だから……あずきさんがまともな大人でホッとしてるよ」
彗ちゃんの肩に頭を埋めたまま、流花ちゃんはそう締め括った。しかし私は、まともな大人ならもう少し上手い対応が出来たのではないだろうかと、流花ちゃんの言葉を素直に受け取れなかった。すると心愛ちゃんが言う。「あずきちゃんは大人だよ。立派な大人だよ。流花のお姉さんを傷つけた奴よりよっぽど。私、あずきちゃんのこと尊敬してるから」と。私はその尊敬という言葉を、言葉通りに受け取った。彼女がこの時奥にしまい込むと決めた感情にはまだ気付かずに。
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