第4話:同い年じゃなくても友達なのに

 白鳥高校の入学試験の日、制服を着た中学生に混じって、一人だけ私服の子がいた。椅子に座ると足が床につかないくらい小柄なその子は、向けられる好奇の目など気にせずに一人机に向かって勉強をしていた。どう見ても小学生なのに、その真剣な顔はなんだか大人びて見えた。不思議な子だと思った。どこの中学の子だろう。なんで私服なんだろう。彼女が気になって試験に集中出来なかった。

 合格発表当日。私は自分の受験番号を探すより先に彼女の姿を探した。彼女は少し離れたところから人が捌けるのを待っていた。隣には背の高い男性が居た。大学生か高校生くらいの青年だった。


「ん? どこ見てんの? あ、あの子受験の時に居た子?」


「うん」


「……え? もしかして、一目惚れ?」


「そ、そんなんじゃないから! ただちょっと、気になってるだけ」


「ふぅん。声かけちゃう?」


「い、いや、良い。合格通知見に行こ」


「ついでに私のも見てきて」


「仕方ないわね……」


 人混みをかき分けて掲示板の前まで行き、自分の番号と一緒に来ていた大福の番号を探す。二つとも見つけて戻ろうとすると、例の彼女とすれ違った。彼女は掲示板をしばらく見て、番号を見つけたのか男性の元へと戻っていく。男性は自分のことのように喜び、彼女の頭を撫でた。彼女はそれを鬱陶しそうに払いのけた。その反応を見れば受かったのだと一目で分かった。一緒にその様子を見ていた大福は「同じクラスになれると良いね」と笑った。


「……うん」


 そして入学式当日。教室に行くと彼女が居た。廊下側の一番前の席に座って、既にクラスメイトに囲まれて質問攻めにあっていた。

 どこの中学から来たのかとか、本当に高校生なのかとか、なんで受験の時に制服着てなかったのかとか、飛び交う質問に彼女は嫌な顔せずに一つ一つ明るく答えていた。黒板に張り出された座席表には、甘池あまいけあずきと書いてあった。名前まで可愛いんだなと思いながら席に座って見ていると、不意に目が合った。目を逸らすと、彼女の方から寄ってきた。


「君、合格発表の時も居たよね」


「え、あ、う、うん……ごめん、じろじろ見て……」


「いや、構わんよ。試験の時制服着てなかったしこんな見た目だし、目立つのは仕方ないからな。私、甘池あずき。君の名前は?」


「え、あ、柊木ひいらぎ心愛ここあ……」


「ココアちゃん?」


「う、うん。心に愛でここあ」


「ほー。綺麗な名前だな」


「あずきも可愛い名前だと思う」


「そうかなぁ。音の響きは可愛いかもしれんけど名前の由来は小豆だよ? あんこの元になるやつ」


「なんで小豆なの?」


「一月一日生まれだから。毎月一日があずきの日なんだって。あとは小豆には邪気を祓う効果があるからとかなんとか」


「へー……」


 会話は自然と弾んだ。初対面とは思えないほどに。その時大福はたまたまトイレに行っていていなかった。正直そのまま戻って来なくていいなんて思ってしまった。友人に対してそんなことを思ってしまうほど私は、彼女に恋をしていた。大福の言う通り、一目惚れだったのだろう。


「あらー。なになにー? 私がトイレに行っている間にめっちゃ距離縮まってるじゃないのよー」


「大福お帰り」


「帰ってこなくていいのにって顔しないでよ」


「し、してないよそんな顔……」


「大福?」


「大塚小福。略して大福。同じ中学なの」


「そうなんだ。私は甘池あずき」


「あずきちゃんっていうんだ。名前まで可愛い。どこの中学出身なの?」


「あー……県外の中学だから言ってもわかんないかも」


「県外? 何県?」


「静岡。今は名古屋に住んでるよ」


「じゃあ同じ中学の子は居ないんだ?」


「うん。私だけだよ」


「寂しくない?」


「……正直、心細かった。でも、もう友達出来たから。この見た目に感謝だな。ふふ」


 彼女はそう言って笑った。その友達は私のことだろうかと問うと、彼女は「私はそうなりたいと思ってるけど、心愛ちゃんは違う?」と小首を傾げた。


「そ、そんなことないよ! 私もあずきちゃんと友達になりたいって思ってた!」


「入試の時からずっとね」


「大福! 余計なこと言わないで!」


「ははは。そうか。良かった。よろしくな。心愛ちゃん、大福ちゃん」


 この時彼女はいくつか嘘をついていた。だけど、友達になりたいというその言葉は本心だったそうだ。だから彼女は私達に本当のことを話してくれた。この時ついた嘘の理由を。私達を信じて話してくれた。友人として、壁を作りたくないからと。

 彼女は本当は十九歳。年が明けたら二十歳になる。成人年齢が十八歳に引き下げられた今、彼女は成人で、私は未成年。引き下げられる前だったとしても、年が明ければ成人してしまう。成人と未成年だから友達にはなれないなんて、そんなことは思わない。友達なら、年齢なんて関係ない。友達なら。

 彼女と近づきたいと思った。話してみたいと思った。彼女から近づいてきてくれて嬉しかった。友達になれて嬉しかった。なのにどうして私は、彼女が同い年でないことにショックを受けているのだろう。そんなこと、友達ならどうだっていいはずなのに。どうしてこんなにも、彼女を遠くに感じてしまうのだろう。どうしてこんなにも胸がもやもやするのだろう。その理由は今の私にはまだ分からなかった。



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