第2話:お菓子研究部(仮)

 本来の私はあまり明るい人間ではない。学校では、いつも明るい兄を参考にキャラを作っていた。おかげで友達はそこそこ出来たが、正直しんどかった。だけど素の自分を出すのは怖かった。

 入学して一週間ほどが経つと、部活の話題が持ち上がるようになった。病気は治ったとはいえ、運動部に入る体力は無いし、かといって文化部も特に入りたい部活はなかった。そもそも私は十九歳。十五歳から十八歳までの子達と一緒に部活をやって、高校生として大会に出ることは出来るのだろうかという疑問があった。年齢のことを知っている担任の須賀すが先生に確認したところ、大会によるから部活の顧問に確認してほしいと言われた。とりあえず部活に入ることは問題ないらしい。とは言われたものの、入りたい部活などない。すると担任は言った。「人数集めて新しく作るなんて選択もあるよ」と。


「部活を……作る……」


「まぁ、それには五人以上必要なんだけど。なんかやりたいことがあるならあたしが顧問になってあげでもいいよ」


 私は驚いた。須賀先生はめんどくさいが口癖だったから。部活の顧問なんてめんどくさいことは絶対にやらないタイプだと勝手に思っていた。


「……顧問って、めんどくさくないですか?」


「まぁねぇー。好きじゃないよ。けどあたし、君みたいな子はどうしても応援したくなっちゃうんだよねぇ」


 あたしも中学浪人してたからさぁと、彼女は笑う。


「といっても、あたしは君みたいな重い理由じゃないけど。アホすぎて行ける高校なかっただけ」


「それでよく教員になれましたね?」


「ねー。人生何があるか分かんないっしょ。過年度生って、君が思ってるほど珍しくないよ。全然居るから」


「……今年の一年生の中にも、私以外にいますか?」


「んー。それはあたしからは言えないかな。確かめたいなら自分から曝け出しなよ。そしたらきっと、実は私もなんだって向こうから来るよ。まぁ、居るとは言ってないけど」


「居ないんじゃないですか」


「二、三年には居るかもよ。あたし今年赴任したばっかだから一年のことしか分からんし。てか甘池ちゃん、よく考えたら今の三年より歳上なんだな」


「……はい。同級生はもう、みんな大学生です」


「そうかぁ。年明けたら成人式なんだっけ?」


「……はい。今年で二十歳になります。……それを知っても、みんな……今まで通り仲良くしてくれるでしょうか」


「大丈夫……とは言ってやれんかな。あたしも高校生の頃浮いてたし。隠しておきたい気持ちはよーく分かる。だから勝手にバラしたりはしないけど、早めに打ち明けるべきだとは思うよ。隠してたって、何かの拍子に知っちゃうかもしれないし。その方が気を使っちゃう」


「先生は、最初から打ち明けてました?」


「うん。どうせいつかはバレるしって思って自己紹介の時に言った。さっきも言ったけど、浮いてた。けど、それは最初だけ。同じ教室で同じ授業を受けているうちに自然とクラスに溶け込んでいったよ」


「……私も——」


 私も年齢のことを話してもクラスに馴染めますかね。そう言おうとしたところで、ガラガラと教室のドアが開いた。


「あれ。あずきちゃんだ」


「……もしかして、入っちゃいけない感じでした?」


「いや、大丈夫だよ。どうした? 忘れ物か?」


 入ってきたのはぽっちゃり体型のおっとりとした雰囲気の女子と、真面目そうな雰囲気の女子。クラスメイトの大福ちゃんこと大塚おおつか小福こふくちゃんと、その友人の柊木ひいらぎ心愛ここあちゃんだ。二人は同じ中学出身らしく、よく一緒に居る。


「そうだよ。忘れ物ー。危ない危ない。宿題出来なくなるところだった。あずきちゃんは何してたの? 放課後の教室に先生と二人きりなんて、あやしー」


「部活のことで相談に乗ってただけだよ」


「部活のこと?」


 ちらっと先生が何かを促すように私を見る。入学してまだ一週間ほど。二人ともさほど仲がいいわけではない。だけど、クラスメイトの中ではよく話す二人だ。まだただのクラスメイトの域を出ない二人だけど、これを機に距離を縮めるチャンスかもしれない。


「部活、作ろうと思って」


「「部活を作る……?」」


「うん。何部にするかはまだ決めてないんだけど」


「えっ、何それ。決まってないのに作ろうしてんの?」


「入りたい部活がなくてね。心愛ちゃん、大福ちゃん、もし部活決まってないなら、一緒に作らない?」


 二人は顔を見合わせた。大福ちゃんは「なにそれ楽しそう」と目を輝かせたが、心愛ちゃんはあまり乗り気ではなさそうだ。「内容決まってないのに部活作るって言われても」と苦笑しながら言う。まぁ確かにそれはそうだ。


「お菓子研究部は? どう?」


 大福ちゃんが提案する。「あんた、食べたいだけでしょ」と呆れる心愛ちゃん。


「えへ。バレた?」


「全く」


 二人のやり取りにほっこりしていると先生が言った。「良いじゃんそれ」と。思わず先生の方を見る。お菓子が食いたいと顔に書いてあった。


「あ。よく考えたら私たち三人、みんなお菓子みたいな名前だね! ココアに、あずきに、私は小福だけど苗字と合わせて大福。あと、先生は須賀だからシュガーですね」


「下の名前が琥珀こはくだから琥珀糖だな」


「おー」


 盛り上がる須賀先生と大福ちゃん。二人ともよっぽどお菓子が好きらしい。心愛ちゃんはそんな二人に呆れるようにため息を吐いた。


「……盛り上がってるところ悪いんですけど、

 部活って、何人必要なんですか?」


「五人」


「じゃあ、あと二人だね」


「いや、私入るって言ってないし。てか、部活なら顧問が居なきゃでしょ」


「そこは問題ない。あたしがやる」


「……お菓子研究部以外になってもですか?」


「えっ。菓子研で決まりだろ。なぁ? 甘池ちゃん?」


「えっ。うーん……そうですね……」


 お菓子を食べたいだけの大福ちゃんの一言で話がどんどん進んでいっている。しかし、お菓子を作る部活というのは悪くはないかもしれない。私自身、お菓子作りは割と好きだし。


「部活って、大会とか目指さなくて良いんですか?」


「あたしが学生の頃は映画を見るだけの部活があったよ」


「映画かぁ……」


 それもありかもしれないと思ったが、大福ちゃんが「お菓子……」と悲しそうな顔をしたため結局お菓子研究部(仮)として話を進めることとなった。

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