近くて遠い君に恋をした

三郎

第1話:十五歳(+四歳)の高校生

 私は昔から身体が弱かった。入退院を繰り返して、学校にはほとんど通えなかった。行けたとしても、みんなに気を使わせてしまう。それが嫌で私は、中学から不登校になった。

 十四歳の春、心臓の手術をすることになった。成功する確率はかなり低いと言われていた。それでも受けなければ、私は死ぬらしい。別に、それでも良いと思った。だけど家族は許してはくれなかった。治る可能性があるならそれにかけてほしいと懇願されて、渋々手術を受けた。目が覚めて、私の意識が戻ったことを泣いて喜ぶ家族を見ても、私は素直に喜べなかった。高校には行かなかった。行けなかった。中学にほとんど通って居なかった私は高校に行けるほどの学力はなかったから。だからといって、勉強するに気もなれなかった。

 そんな、人生に希望を持てずに生かされるがままに生きていた私が変わるきっかけとなったのは、一冊の本だった。中学から不登校で高校に通えなかった二十歳の引きこもり女性が高校に通う物語だった。似たような境遇の女性が主人公ということで、兄が勧めてくれた。所詮フィクションだと思っていたが、あとがきを読むと作者の実体験を元にしていることが分かり、気になって読み始めた。読み始めたら一瞬だった。一瞬で物語の中に引き込まれて、気付いたら読み終わっていた。


「……兄ちゃんは、読んだの? この本」


「読んだよ。三周した」


「……そう」


「……なぁ、あずき。今はもう元気になったんだしさ、学校行ってみない? せっかく、生きてるんだからさ。学校じゃなくても良い。社会に出て、他人と関わって、生きたいって思えるような理由を見つけてほしい」


「……でも私、中学ほとんど行ってないよ。実質小卒だよ。私が通える学校なんて……」


「今から勉強すれば良い。時間なら有り余ってるだろ。お前がやるっていうなら俺も母さんも父さんも出来る限り協力する」


「……」


「どうする? あずき」


「……学校、行きたい」


「よし! よく言った!」


 私の言葉を聞いた兄は嬉々として部屋に戻り、本を積んで持って戻ってきた。ドサッと重そうな音を立てて机に置かれたそれは、中学一年の国語から社会までの五教科分の参考書だった。


「……私が学校行かないって言ってたらどうしてたんだよこれ」


「普通に処分してたけど?」


「……もったいな。安くないでしょ。こういうの」


「おう。だからいつか働いて返してくれよな。何年かかっても良いからさ」


「……覚えてたらね」


「うん」


 そんなわけで私はその日から勉強を始めた。その時私は十七歳。同級生はもう高校三年生だった。時には兄に、時には母に、時には父に教わりながら、義務教育で三年かかる量を二年で詰め込んだ。受験会場には兄に車で送ってもらった。受験生はほとんどが制服だったが、私は私服。ほとんど着なかった中学の制服が残っていたから一瞬それを着ることも考えたが、流石に同じ学校の生徒が居たらと思うと着れなかった。実際会場に行ってみたら何人か母校の制服を着た学生が居た。

 私服な上に、中学生どころか小学生と間違えられるくらい小柄だった私は当然目立った。飛び級かとざわつく声が聞こえたがむしろ逆だ。というかそもそも日本に飛び級制度なんてない。視線が気になりつつも試験開始ギリギリまで詰め込んでなんとか受験に合格した私は、四月から高校一年生として学校に通うことになった。その時の私は十九歳。誕生日を迎えれば二十歳になる年だった。中学も被らないくらい年下の子達と一緒に学ぶことになったわけだが、幸いにも小学生にしか見えない容姿だったため誰も私が四つも年上だなんて気付きそうになかった。受験の時に私服で来ていたことに突っ込まれたが、そこは前日に制服を汚してしまって洗ったが乾かなかったなどと適当に誤魔化した。見た目のおかげでちやほやされたが、正直複雑だった。本当はもうすぐ成人する年齢だと知ったらどんな反応をするのだろう。そう思うと怖くて打ち明けられず、十五歳の無邪気な少女のふりをして同級生と接した。

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