第2話

 三ツ谷さんと別れ、僕は4限の講義が行われる教室へと急いだ。


「お、なに変な顔してんだ? 嬉しい報告が来るかと思って期待してたのによ」

「なんだ、上田か」


 受講者は20数名のため小教室が使われる。中学や高校の教室と比べれば2つ分ほど大きい気がして、入学当初は贅沢に感じたものだ。


「って、嬉しい報告を期待していたというのはどういう意味だよ」

「言葉の通りさ。クリスマスイブ、誘われただろ」


 見透かしたように言ってくるのには気が立った。


「仕組んだか?」

「人聞きの悪い言い方するな。俺はただあの子の背中を押しただけよ。お前とデートしたがってたからな」


 デート。その単語を発するやいなや、こちらに注目が集まった。クリスマスが近いせいか、そういう言葉に過敏になっているのだろう。

 

 この教室はよく声が響くので、僕は少しだけ声のトーンを落とすよう指で制した。


「もちろん、行くんだろ」

「あーいや」


 言葉が詰まる。事実として、僕は保留にしているのだ。


「あんな良い子滅多にいないぜ。それに、嫌いではないんだろ。デートくらい行ってやれよ」


 確かに、クリスマスに二人きりで出掛けたからといってそういう男女の仲になるわけではない。ただ普通の友達と遊びに出掛けることだってある。

 

 しかしながら、世間一般ではどうだろう。三ツ谷さんだって弁えられない女性ではないはずだ。


 そして、デートに同意するということは、お付き合いを承諾したといっても過言ではない。───この恋愛観は重たいのかもしれないな。


「……元カノのことか?」


 上田は鋭かった。


「まあそうなる」

「お前も馬鹿だな。もう2年は経つぜ。普通は次の恋に進んで他の女とイチャコラすんだよ。そもそも、相手だってお前のことなんか忘れて別の男とクリスマスを過ごすかもしれないだろ」

「それもそうなんだけどな」


 円満な別れ方をしたことでその思い出が後を引いている。まだあの人のことが好きなのかもしれない。そんな感情が蠢いている。


「あーじれってえな。今日その人に連絡しろ。それで出来るだけ早く三ツ谷ちゃんに返事してやれ、いいな?」


 授業が始まったので、返答の有無も言えることなく時間が過ぎていった。帰りにはまた同じ内容の文言で釘を刺され、ここまで言わせて何もしないのはなと思ったくらいだ。

 

「絶対連絡しろ。三ツ谷ちゃんのためにも整理つけてこい。そんで返事がなかったら諦めろ、いいな?」

「ああわかったよ」


 帰宅後、夕食を済ませなんやかんやで19時を回る。連絡を入れるにしても遅くなり過ぎないようにしたい。

 

 と、かれこれ一時間は経った。駄目だ。なんて送ればいいのかわからない。

 

 嫌になって別れたわけではないとはいえ、もう僕らは恋仲にはない。彼女の近況なんてわからないし、SNSのアカウントだってメッセージが送れるだけのこれしか知らない。


 トークルームを開いて、何度も何度も文章を打ち込んでは消すのを繰り返す。久しぶりから言えばいいのか、最近の調子でも訊けばいいのか。大学はどうとか。そもそも、一度途切れてからかなりの年月が経った今になって連絡を送って良いものかも悩む。

 

 迷惑ではないか。クリスマス前に送って変な勘違いはされないだろうか。

 

 でもこのモヤモヤは取り除きたい。向き合うときが来たんだと覚悟するしかない。その結果、忘れられていようとも、無視されていようとも、僕は構わないのだ。


 スマホの画面に触れることにこれほど緊張した日はない。

 

「よし、送信しよう」


 ふう、と大きく息を吐く。そして、送信ボタンに指を置いた。

 

『急な連絡すみません。お変わりないですか』

 

 ぽこん、と緊張感のない音を立て、自分の書いたメッセージが送り出された。

 

 返事があったのは、数時間後の深夜のことだった。

 

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