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バキッという鈍い音。それから少し遅れて鮮血が飛び散り、倒れたマリアスの胸ぐらをエーギルが掴み上げる。
「っ、エーギルさん!?」
「いきなり何! どうしたのよ?!」
未だ出血の収まらない彼女へ追撃をしようとしていた所を、私達二人がかりで引き止めようとしたのだが叶わなかった。彼女は私達の制止を容易く振り解くと、マリアスの頬を殴り抜く。先程とは異なる音が聞こえ、殴り飛ばされた彼女が口から何かを吐き出した。
地面に落ちたソレは恐らく歯だ。赤く濡れているが間違いない。口元へ手を当て、ふらつきながらもマリアスは立ち上がりエーギルを見据えている。
「……手荒い歓迎じゃないの、カルロチャプ」
「よくもまぁそんな態度を……!」
理由は不明だが、二人は相当仲が悪いらしい。エーギルは既に殴りかかろうとしており、マリアスは避けようとする素振りすら見せない。避けられるだけの余裕がないのかも知れないが、これ以上は危ない。
「退きなさい、ラズリー」
両手を広げ、二人の間に立つとエーギルが静かな怒りを込めて睨んでくる。これ程強い怒りを露わにするなんて、一体なにがあったのだろう?
「嫌です! どうしていきなり殴ったりするんですか?!」
「貴女には関係ありません」
「だとしても暴力は駄目ですって!」
「そうだよ、エーギルさん。一旦落ち着いて、ね?」
それからどうにかして彼女を宥め、マリアスの手当を済ませる。その間中、彼女は強い憎しみの籠もった視線を向けていた。それが自分に向けられたものではないと解っていても、相当な圧と恐怖を感じた。
「…………それで二人は一体どう言う関係なのかな」
気まずい、なんて生温い程の沈黙を破ったのはスミラックスである。
「姉妹です。私が姉で、この子が妹」
これに対し答えたのはマリアスで、エーギルはその間もずっと彼女を睨んでいた。また彼女の本名はエーギル・ロンド・カルロチャプというらしい。
「で。どうしていきなり殴りかかったの?」
マリアスはさぁ? とでも言いたげな表情でこちらを見るばかり。演技でなく本心からの反応だというのなら、ソレはソレで恐ろしい話である。
互いに口を開かぬまま、十分が経った頃──カルロチャプが口を開いた。意図的に抑制を効かせているのか、やや無理のある喋り方になっている。
「………グィナヴィアの現状をみて、そこに遺された痕跡から
だが、それは機械的な
彼女曰く「
「私達はその聖遺物を廃棄しようと約束していたのです。けれど生半可な事では壊せませんし、下手に廃棄して人間の手に渡るのも良くない。だからアルグィアランヴィスの地下聖堂へ隠し、私がその入口を切り崩した。だからあれの所在地は私達しか知らない」
深いため息を漏らし、彼女はマリアスへと視線を向けた。そこにはもう怒りの色はない。
「……………マリアス。なぜ聖遺物を使い、グィナヴィアに災禍を招いたのですか?」
「──提案されたの。虐殺行為のない、天国を作らないか……って」
彼女の顔は諦観したヒトのそれと大差ない。違うのはほんの少しだけ、後悔の念が混ざっているという点だ。
「私はその話に乗ったの。だからラビ・ルーバスという天国がこうして存続している」
どういう事だ? 私とスミラックスは同じ様な顔でマリアスを見つめていた。対してエーギルは複雑な表情である。
「別に聖遺物を使わなくても──
コレに反論する者は居なかった。そして彼女は諦めの滲む苦い声で続ける。
「……虐殺の機構は単体で機能しない。ある程度の個体数を用意してからではないと、機能しないものなのよ。例えたった一人が良心をマスキングされたとしても、それは大量虐殺には繋がらない。多数の死者を生むかもしれないけれど、虐殺の機構を呼び起こすには至らないから。
──話を戻すわね。虐殺の機構は種の生存に必要なものなの。だから消えない。人間が虐殺という方法以外で人口を調節する方法を見つけない限りは、絶対になくならないわ」
疲れきった声でそう言い切ると、乾いた笑いを漏らし話を続ける。
「…………だから本国は
「────まさか」
そんな事を考える人がいるのか?
「ラズリー、貴女の思った通りです。
ラビ・ルーバスは自国を4つに切り分け、クィラム、フィーブル、グィナヴィアを独立国とした。そしてその三国に対して「
それを聞き、カルロチャプは深く項垂れてしまった。
「……タヴィアの見立ては間違っていなかったのですね。私達の言葉が元凶だったとは思いもよりませんでした」
その声は濡れており、彼女が泣いているのは明らかだ。
「それ、どうにかして止められないんですか……?」
「無理だよ、ラズリー」
私の疑問に疲労の色濃い声で答えたのは、スミラックスだった。口元へ手を当て考え込むような姿勢で話を続ける。
「このサイクルはもう、百年も維持されているんだ。そして結果を出してしまっている……!」
その言葉を耳にした瞬間、本国を含めた各国の犯罪発生率を思い出した。あの異様なまでの数値が、こうやって維持されている。その事実は歴史が証明しているのだ。
「このサイクルを断てば、本国の安全は瓦解する可能性がある」
「けど、可能性のはなしでしょう?」
「──駄目だ。万が一にも可能性があるのなら、
苦い声で彼女は言い切った。その言葉を否定出来るだけのモノを私は持っていない。
「ラズリーちゃん。キミと違って私達は虐殺の悲しみを知っている。殺されることの怖さを、滅ぼされる痛みを知っているから──なんて言えば良いのかな。否定するべきなんだろうけど、ごめんね」
彼女は苦しそうな声で話し一つ息をつくと、『このシステムはよく出来ている』と言って俯いた。
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