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 翌日の正午過ぎ。私達は件の女性──エーギル・マリアスを訪ねた。

 指定された場所に居たのは背の高い大人びた女性で、クラシクカルな修道服に身を包んでいた。薄銀色の髪は短く纏められており、切れ長の瞳も相まって少し冷たい印象を受ける。

 お互いに簡単な挨拶を済ませてから席へ着き、いくらかの世間話を挟んだ後に本題へと入った。

「マリアスさん、貴女はグィナヴィアでどの様な教えを説いていたのでしょうか?」

「古くからの教えです。何の変哲もない片田舎の民間信仰とでも思ってください」

 そう言って、彼女は妖艶な笑みを見せた。その声は囁くようなものでありながら、非常によく聞こえる不思議なものである。

「それが一体どのようなものなのか、教えていただいても?」

「ええ、構いませんよ」

 ──彼女が信奉しているのは旧い土着の神らしく、正確な名前は残っていないのだという。わかっているのはただ、月に由来する存在だという事。その声を耳にした者は複数人おり、人の身には余るような恩寵を授けるのだという。

 そしてなんと、彼女自身も恩寵を賜っているというのだ。神からの贈り物、天上からの賜りもの故に妄りに使うことはないが、望むのであれば見せてくれるらしい。尤も、見せるというよりは聴かせるモノだというのだが──

「──Sie sind zu mir gekommen, weil Sie eine Vorstellung davon haben, wovon ich spreche.

《心当たりがあるから私のところへ来たのでしょう?》」

 どうやら此方の想像通りだったらしい。隣に座るスミラックスは訝しみながら私とマリアスを交互に見ている。

「Mach dich nicht verrückt, Rasley.

《変な気は起こさないようになさい、ラズリー》」

 スミラックスの視線が外れた瞬間に見せた表情は、ゾッとする程に冷たく恐ろしいものであった。

「……今のは見せる前のおまじない。彼の者へ断りをいれただけにすみませんので、気になさらないでください」

 柔らかな笑みを向けながら、彼女は懐から一つの装身具を取り出してみせる。それは親指ほどの大きさをした宝石が嵌め込まれたネックレスで、見方によっては欠けた月のようにも見えなくはない。宝石は動物の瞳のような構造をしており、光の具合によって様々な色を見せてくれる。それはたしかに美しいのだが、妖しい美しさとでも言おうか。長く見ているとだんだん不安になる。


「それは私が初めて賜った恩寵です。これを手にした日から、私の世界は広がったのですよ」

「世界が広がるとは、どういった意味で?」

「知見が広がったという事です。恥ずかしい話、私も恩寵を賜るまで信じておりませんでしたから」と言って、彼女は気恥ずかしそうに笑ってみせた。そんな彼女に装身具を返すと、大切そうに懐へととしまい込む。

「良ければ教えて頂きたいのですが、マリアスさんはいつ頃、コレを手にされたのですか?」

「…………私達の故郷が焼かれ、多くの同胞が天上へ還った日の夜です。幼い私は偶然にも虐殺から逃げ延び、全てが赤い海に沈んだ村でそれを見つけました」

 声は明らかに沈んでいる。恐らく、当時の光景が脳裏を過ぎっているのだろう。彼女のいう虐殺は、アルグィアランヴィス漁村大虐殺として本国のアーカイヴにしっかりと残されていた。この大虐殺を行ったのは、ある宗教の過激派であり既に処罰を受けている。

 その際、彼らは虐殺行為ではなく聖絶であると主張していた。しかし一審、二審共に否定され虐殺罪との判決が出ている。


 室内を重苦しい雰囲気が包み始めた矢先、扉をノックする音が聞こえた。そこに一番近い私が席を立ち扉を開けると、そこには何故かエーギルの姿がある。どうやらスミラックスに呼ばれていたようだ。

「──……カルロチャプ? 貴女なの?」

 室内へ彼女を通した途端、マリアスの表情が一変する。目は見開かれており、驚きを隠せないといった具合で席からも立ち上がっていた。それに対し、エーギルは強い怒りの表情を見せている。挨拶もせずに彼女へとまっすぐに向かっていくと、一切の躊躇いもなく彼女の顔面を殴りつけた。



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